不況期には、一般的には売上が上がらないからマーケティングコストが削されます。削減がすすむと何の効果も出てきません。だからどこかに力の集中が必要になります。
一方、消費者行動が変化すると相手の行動が変わり、シェア変動が起こります。「お客さまの変化を見きわめ、
そこに資源を集中させる。」見方を変えれば、それによって競合相手を振り切る戦略をとることができる、好況期
には変わらない競争構造を変えることができる、ということになります。逆に何もしなかったら、それまでの市場
シェアをとられてしまう。それが不況の戦略的な意義になります。
1929 年恐慌を背景にしてアメリカで盛んにマーケティングが行われるようになります。今21世紀の初頭にあた
り、世界恐慌だ、厳しい状況だと言われておりますが、この状況を乗り越えられるその技術というものが、マーケ
ティングに問われている課題なのだと認識しております。
今号の特集では、冒頭に不況下に生まれる企業業績格差を取り上げ問題提起とします。
続いて、「2009年の消費をどう読むか」、継続的な消費社会研究の結果を紹介します。「2008年のヒット商品」
は、ヒット商品から2008年の消費を振り返ります。
そして、「信頼づくりのネクストマーケティング」と題して、顧客づくりの鍵は何かを提言します。
最後に「売りの完結のための科学」は、実験心理学をマーケティングに応用する試みとして、実験研究の取り組
みをご紹介します。
なお、これらは昨年11月に開催されたフォーラム「NEXT VISION 2009」の中の3つの講演録に加筆修正したも
のです。
不況で伸びる会社がある。不況は、一般には、会社に需要の減少をもたらし、結果として売上げと利益の減少をもたらす。しかし、これは約430万社ある会社の統計的な平均である。従って、平均よりも厳しい会社もあれば、業績を伸ばす会社
もある。
2008年度の日本経済は、2002年にはじまった戦後14番目の循環の長い上昇局面が終わり、下降局面に入った。1991年のバブル後では三度目の不況である。この不況を、53社の日本を代表する消費財メーカーはどのように乗り越えたのか。業績を調べてみると幾つかのことがわかった。
大方の予想通り、三度の不況とも減収減益の会社がもっとも多くなる。特に、1991年以後の約30ヶ月のバブル後の不況には、約51%もの会社が減収減益に陥った。あの不況の厳しさを物語っている。続く、1997年不況ではおよそ32%、2001年の
ITバブル崩壊にともなうデフレ不況では約40%である。他方で、不況でも30%ほどの会社は確実に業績を伸ばしている。もっとも厳しかったバブル後不況でさえ、約28%の会社が増収増益を達成している。
このような格差はなぜ生まれるのだろうか。市場規模、成長率、成熟度、競争条件や技術条件の違いがあることは言うまでもない。しかし、これらの事例を分析してみると、不況下にとった会社の行動の違いが業績の格差をもたらしているようだ。好況時は、
市場の成長を前にして、自社もライバルも同じようなことをしている。同じような商品、品揃え、価格、売り方である。このような条件ではあまり業績に変化は見られない。つまり、ライバルと自社との力関係が均衡状態にある。
しかし、不況になると消費者は財布の紐を締め、需要家は予算を削減する。それにも関わらず、消費水準は落としたくないので、消費者の選択はより厳しくなる。他方で、自社もライバルも販売コストが限られてくるので、売る商品を絞り込み、売り方も集中しなくてはならない。つまり、消費者、ライバル、自社の三者がそれぞれこれまでのやり方を変え、市場の力の均衡が破られる。これが不況下に起こる。消費者の変化にうまく対応し、ライバルよりも限られた資源を効果的に集中できた企業が大成功し、できなかった企業は脱落することになる。不況はライバルを引き離す絶好のチャンスであり、ピンチでもある。バブル崩壊から
3度の不況で3度とも増収増益をあげてライバルを引き離した会社が3社ある。茶葉で差別化し、足腰の強い営業力を持つ「伊藤園」、品質とコストにこだわり続ける「キユーピー」、研究開発と資源集中のうまい「武田薬品工業」である。不況には30%の例外に入るための独自の強みが求められる。
お客さまの変化をどう捉えていくか、2004年から継続して実施している消費者調査の結果にもとづいてご紹介します(詳細は「消費社会白書2009新しい消費の現実、求められる信頼価値」(2008年11月発刊)を参照のこと)。07年夏の調査時点では消費は堅調でしたが、最近1年で消費者の意識は様変わりしています。物価上昇、アメリカ発金融危機、株安、円高、市場環境は悪化するばかりのように思えます。
こういう時こそ、冷静に市場の変化を見極めて、短期的変化と中長期の変化を仕訳し、チャンスを探したいと分析をすすめてきました。
- (1)格差意識の浸透
最初にあげるのは格差意識の浸透です。
「日本は個人間で収入や資産に格差がある」と思う人は90%に達しています。そう思わない人はわずか3%です。さらに、「今後、日本の格差はますます広がっていく」と思う人が87%います。大半の生活者が格差が拡大すると考えています。
10月に発表されたOECD調査によれば、日本の所得格差は、80年代以降、長期的に拡大してきたのですが、2000年からの5年間で所得格差は縮小したという結果でした。
それは主に高所得層の所得が減少したことによっています。小泉改革と格差拡大を結びつける言説がありますが、統計的にいえば格差拡大は、80年代以降の長期トレンドであって、最近数年間はそうでもない、ということです。生活者の実感は、長期トレンドを反映したものだと思われます。
- (2)主流は「安心信頼志向」の価値観
格差が目に見える形ではっきりする社会になると思われている中で、現在主流となっている価値観は、「安心信頼志向」です(図表1)。
これは、59の価値意識に関する項目をあげて、そう思うかどうかを訪ねた結果を因子分析した結果、潜在的な5つの価値観が抽出されました。安心信頼志向、上昇・顕示志向、自己実現志向、内閉志向、享楽主義です。
グラフ中の数値は、説明力の大きさを示しますが、この中で、最もウェイトが高いのが安心信頼志向です。心の豊かさ、義理人情、伝統文化、家族を大事に思い、安心安全に地道にこつこつとやっていこうという伝統価値の重視であり、競争よりも協調を求め、戦いを避ける価値観です。
改めてここ数年の価値観の変化を追っていくと、2004年時点で自己実現志向が主流だったものが、年々低下してきていて、最近2、3年で安心信頼志向に主役をゆずったとみられます(図表2)。
自己実現志向は積極的に自己投資しようという価値観ですから、自己実現志向の低下は、消費意欲の低下をもたらし、社会の活力を低下させる方向に作用します。
自己実現の低下に伴い、気心の知れた仲間うちだけとつきあいたいという、内こもりの内閉志向が強まる傾向にあります。
格差が拡大し、さまざまな不安が強まる世の中で、価値意識は保守化傾向を強め、自己実現志向は弱体化し、内閉志向を強めている。価値観からみると、400年来の精神的な鎖国状態が生まれているともいえます。
こういう変化は日本だけでもなく、先日のアメリカ大統領選はオバマ氏の圧倒的勝利に終わり、この選挙戦を通じて、強い個人を前提にした自由主義的な価値観から、弱者に目配りした公共性公益性の価値にシフトしていることが明らかになったと思います。アメリカでも価値意識の大きな潮目をのぞいているようです。
- (3)消費意欲の急速な悪化
2008年消費市場での最大の変化は、07年夏頃から急速に消費意欲が低下したことです(図表3)。
これは、世帯支出を今後増やしたいかどうかをきいたものですが、2005年以降、「減らしたい」は減って、「増やしたい」が増えていました。それが、07年8月から08年7月の間に、風向きが変わり、「減らしたい」人が10%増え、「増やしたい」が9%下がっています。
07年夏以降の物価高が直接的な契機になって、最近の株価下落などによって消費意欲が落ち込んでいます。「1年前に比べて物価が上がった」という実感をもっている人が93%に達しています。ほぼ全員です(図表4)。収入があがる見通しがないのに、生活コストがあがっているわけですから、ムダな支出を抑えようと、財布の紐を固くしているわけです。
短期トレンドとしては、消費意欲の急速な悪化が、脅威となっています。
しかしその結果、生活者は単純に価格志向に走ったか、というとそうともいえません。ふだんの買い物で商品を選ぶときに、価格を重視するか、品質を重視するか、ときくと「以前に比べて品質を重視するようになった」と答えている人が過半数を超えています。
主に食品などの日用品の値上げによって、値段があがっても同じブランドを買う価値があるのか、品質を見極めている、ということだと思います。いずれにしても、今後、雇用や収入見通しが本格的に悪化してくると、さらに財布の紐が固くなると思われます。
※本提言「不況を乗りきるマーケティング」は、「営業力開発」誌 2009・No202号(編集発行:日本マーケティング研究所 執筆担当:JMR生活総合研究所)へ掲載されています。
誌面では以下の様な構成にてT-(2)へ続いております。
T、30%の会社が不況でも伸びる
2)新しい消費リード層
3)浮上する新しい消費スタイル
4)チャンスと脅威
U、2009年の消費をどう読むか
V、2008年のヒット商品
W、信頼づくりのネクストマーケティング
X、売りの完結のための科学 ラボ・マーケティング
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