本当にテレビCFを見ない時代がやってくる。総務省が視聴困難地域 限定ではあるが、インターネットでのテレビ番組の再放送を認めた。来年からインターネットでの本格テレビ放送がスタートする。フジテレビも日本テレビもインターネットで番組を流す。そうすると「テレビ放送をテレビというハードでリアルタイ
ムで見る」ということはひとつの選択肢にすぎなくなる。ストックされた番組の中から選択して視聴するとき、番組の合間にあるCFの存在はじゃまでしかない。
そこまで来た今、「マス広告でものが売れる」が通用しない時代に備えた新しいマーケティングが必要である。基調論文では、2005年上半期
にヒットした商品を分析した結果から、マス宣伝に依存しない新しいマーケティングの原則「パワーネッ ト・マーケティング」を提案する。今、商品をヒットさせようとすると「みんなが知っている」ではなく、逆説的ではあるが「知る人ぞ知る」 特定層にきっちりと入るヒット商品をどうやってつくるか、が鍵になる。ヒット商品事例では「Q10AA」「かむかむレモン」の2つを具体例として、どのようにヒットが生み出されたのかを示す。
次に、特定層からどうやって受容層を大きくしていくかが問題になる。 そこで、流通と販売に関して3つの着眼点「人口減少社会下で甦る都心商店街」「メーカーの独自流通が生み出す情報とサービスの融合」「ついに崩れた最後の2強!」を紹介する。鍵は、情報と販売を分離するのではなくて、情報と販売を統合した新し いスーパースポットを見つけて、情報的プロモーションを継続していくことにある。
通して「安くてよいものをマス宣伝と大手量販で売る」伝統的マーケ ティングからの逸脱のすすめである。
2005年上半期に、主要業界紙誌に「ヒット商品」として掲載されたものを集計すると351商品あった。このうち、売上や成長性が各々の属する業界平均を上回ること、あるいは発売当初の販売計画を大きく上回ることをヒットの基準として抽出すると、30の商品があげられる(図表1)。
いつの時代にもヒット商品には共通の理由や特徴がある。この30商品を俯瞰すると、確かにヒットしているが、周りの誰もが知っている・
購入したことがあるという感じではないという特徴に気付く。過去の消費ブーム期の「三種の神器」「3C」とは明らかに違う、「知る人ぞ知る」商品ばかりということができる。
(1)
小さないくつものニッチ
なぜこうした「知る人ぞ知るヒット商品」ばかりになっているのか。それは、現在のほぼ全ての市場で断片化が進んでいるからであると考えられる。断片化市場とは、ひとつのマーケットが多数のニッチマーケットから構成され、その
ニッチは非常に小さく、かつニッチ間のつながりがほとんどない市場を指す。本来であればヒ ット商品は生まれい市場である。言い換えると、各々のマーケットで顧客層が蛸壺化し、マス・マーケットになりにくい構造の市場であるということだ。日本の市場は、全世界でいち早く、全ての市場で断片化が進行したと捉えられ
る(図表2)。
そのため、今の日本ではこの断片化にうまく対応したものがヒットとなる。30のヒット商品はその証左である。このため、ヒットしても「知る人ぞ知る商品」というようになっている。
(2)生活の趣味化 〜おしゃれなオタクがかっこいい
では、市場の断片化はどのようにして生じているのか。要因のひとつは、自分の趣味、好き嫌いで商品・サービスを選択する「生活の趣味化」にある。
1970年代〜80年代は人並みの生活志向から、郊外での持ち家購入、車や家電製品やピアノなどの所有が目指された。やがてバブル期を迎え、時計だけはロレックスといった一点豪華主義になり、バブル崩壊後は好き嫌いで商品・サービスを選択する時代 になった。それまでの一点豪華主義に代わり、一点オタク主義の登場だ。そして現在、好き嫌いの集積 として「スタイル」がつくられるようになった。これは、一点オタク主義から、消費のオタク化が全ての生活領域において進んだ、全点オタク主義だ。
こうした生活の趣味化は、団塊の世代や断層の世代を中心に広がっている。この象徴が中年男性向け雑誌『LEON』である。今年度5月号は実に1.6kgという、この手の雑誌としては衝撃的なボリュームだ。文房具、車、AV機器、ファッション、いずれのカテゴリーも、昔はオタクでなければ関心も無ければ、知らなかった商品ばかりが掲載されている。例えば時計では、スイスのバーゼルでの時計見本市に集まるクラスのものばかりだ。
この生活の趣味化は、ネットのブロードバンド化も手伝い、世界中の商品サービスから選択できる自由度が拡大していることと、日本が未だ一定の収入
が保証される豊かな国であることが背景にある。
(3)生活の階層化
〜年収200万円のニートと150億円のロケットを買うホリエモン
市場の断片化の要因のもうひとつは、格差の時代 が到来したということである。まず、職業による収入格差が広がっている。つぎに、仕事がある・無いという失業率の問題以上に、東京と地方の地域による収入格差も拡大している。そして、世代格差による収入格差がある。年金受給資格を持ちながらリタイヤしていく団塊の世代に対し、最近社会人になった世代は、払い込み額の方が年金受給額より大きくなると予想されている。このように世代ギャップが また収入格差を生むという構造により、収入落差は非常に大きくなっている。こうした三つの格差が、消費のレンジを全然違う構造にしている。
OECD加盟国の所得分配の現状をジニ係数で解析した結果では、日本は、ポルトガル、イタリア、ニュージーランド、イギリスなどより「貧富の格差が大きい国」になっている。日本の平等神話はすでに崩壊しているのである(図表3)。
また、若年層の貧困率(国民のうちの貧困者=各国の平均所得の50%以下にある人の比率)も高い(図表4,5)。若年層の失業率は、ここ数年10%を超え、フリーターやニートと呼ばれる不完全就業者や非就業者が200万人とも400万人ともいわれる。こうした層の平均年収は140万円前後である。もちろん同じ20代でも、職業の有無による格差があり、職業がある場合も職種による格差がある。さらにどこに住んでいるかでも格差を生む。こうした結果、20代は年収110万円未満と年収200〜250万円に二極化している。年収110万円未満の若者は完全な貧困者と考えられる。その一方、ホリエモンのように、資産650億円、そのうち株の売却益150億円でロケットを購入し宇宙を飛びたいと考えるような人がいる。この幅の凄さには驚愕せざるを得ないが、生活の階層化が現実に進んでいることはまぎれもない事実である。
(4)断片化のメカニズム 〜ヨコ(趣味)の断絶、タテ(収入)の格差化
生活の趣味化を横軸に、階層化を縦軸に置いて考えてみよう。まず、生活の趣味化によって購入する商品の選択肢はどんどん拡大している。
その一方、収入の格差の拡大によって、商品の価格の幅も拡大している。この横軸と縦軸がつくるマス目をひとつのマーケットと考えると、小さなニッチが圧倒的に増えていることがわかる。
趣味を示す横軸は、好みの違いを示す。好みの違いは、互いに相容れないものであり、各々が自分の趣味をオタク的に深く追求していく。横軸のこの溝は解消できず、相互の関連性はほとんどない。また価格帯の選択を決める収入は、三つの格差からレンジの広がりを抑えることができない。このように、生活の趣味化と生活の階層化の進展が市場を断片化するというメカニズムとなっている。こうした断片化は今後も進展してくと考えられる。
(5)相互不通の時代
このような縦横に溝を持つ断片化の進行は、個人間のコミュニケーションを妨げ、ディスコミュニケーション(Discommunication)を生み出す。ネットのブロードバンド化により、コミュニケーションできる条件は拡大しているが、生活の階層化と趣味の多様化が生み出す断片化によって、相互不通で話ができなくなっている。こうした相互不通の時代に人間関係を円滑にするのは、今も昔も「お笑い」である。
例えば、江戸時代も同じようなディスコミュニケーションの時代だった。参勤交代で各地方の藩から江戸に囚われていた武士同士、薩摩藩の者と南部藩の者が出会うが、標準語が無いため自由に話ができなかった。一方、各々の地方を抜け出して江戸に来ている町人同士もお互いの使う言葉がわからない。非常にコミュニケーションに困り、みんな大きな声を出してしゃべっていたと歴史家は分析している。
こうなると、人間と人間との関係はギスギスし、相互に不信感も出てくる。こうした社会の潤滑油とし て落語が誕生した。そして現在、江戸時代と同じように落語ブームである。浅草に若者が大挙して落語を聞きに行っている状況で、江戸時代と共通している。江戸時代は方言がコミュニケーションを分断した。そして、現在は、生活の趣味化と階層化が相互不通、分断を生み出す時代である。
断片化した市場では、これまでの「安くてよい商品の開発」「マス広告での告知」「小売店での販売」の3点セットを基本とする伝統的マーケティングは通用しなくなる。
まず、「安くてよい商品の開発」は、万人向けの商品開発となってしまう。良質安価を追求すればするほど、生活者にとっては、自分の生活には合わない、私の趣味には合わない、価値のない商品ということになる。
つぎに「マス広告での告知」は、これまでの主役であったTVのCFを見ない時代が到来することにより、必然的に通用しなくなる。これは、「放送と通信の融合」がもたらす大きなインパクトによるものだ。今年、総務省が放送難視聴地域への光ファイバー網による番組配信許可の方針を打ち出した。これに呼応するように、民放キー局は番組のネット配信事業に乗り出す計画を相次ぎ発表した。ネットを通じて、好きな時にいつでも好きな番組を視聴できる 「オン・デマンド」方式による番組配信サービスが開始される。これが実現すれば、TVCFは邪魔で時間のムダとなり「飛ばされる」ことになる。民放各社のサービス提供の足並みが揃う2006年から、TVCFを見ない時代が本当にやってくる。
また、TVCFは、見られなくなるばかりではない。 その信頼性や必要性も問題視されざるを得なくなっている。アメリカでは広告業者への信頼は僅か10%しかない。これは、「レモン」と呼ばれる粗悪な中古車を言葉巧みに販売するイメージがある自動車のセールスマンの信頼度と並ぶ(図表6)。TVCFやネット広告に関する弊社の調査でも、「TVCFに頼らず自分で必要情報は収集する」「自分にとって不必要なTVCFが多い」という回答が多くなっており、必要性が大きく揺らいでいる状況が確認できる(図表7)。
最後に、「小売店での販売」であるが、お客様には小売店に来店して買う理由が見つからなくなってきている。伝統的マーケティングでは「情報はマス・メディア」「販売は小売店」と情報と販売を分離するアプローチが採られるが、今や、広告を見て小売店へ行き商品を購入することは、生活者側からは全く無駄に見える。小売店の店頭に行っても購入すべきか判断できる情報が無いから、買う理由がみつからないのである。
このように伝統的なマーケティングは、断片化市場においては極めて非効率なマーケティングにならざるを得ない。
(1)小さく深く入り、大きく広げる
では、この断片化市場をどのように攻略すればよいか。パソコンには、ハードディスクのフラグメンテーションを修復するデフラグという機能がある。
これと同じように、断片化したものを集め、ひとつのマーケットとして捉えていくことが課題となる。 このためには、言うまでもなく、まず、断片化している小さなニッチ、特定層に深く入り込むことが必要だ。これまでのマーケティングでは、マーケットにならないような小さな需要は狙わず、魅力度の高いセグメントを狙うことが志向されてきた。しかし、断片化した市場にこれは通用しない。まず、小さく深く入り込む。そして初期のニッチマーケットを満たしたら、そこから他のニッチへ波及させ、大きく広げる方策を展開する。
(2)断片をつなぐ回路をみつける
初期のニッチから大きく広げるための成功の鍵は、一言でいえば、ネットワークを利用するということだ。ワッツやバラバシが指摘するスモールワールドネットワーク理論(図表8)のように、社会関係としての人間の個人個人の関係の繋がり は、本当に不思議な縁で結ばれている。世界は広いようでいて、実は非常に狭い。6人を経由すれば誰とでも繋りができるということが知られてい るが、ドイツでシシカバブーを売っているトルコ人と、ロサンゼルスに住むマーロン・ブランドに何人で行き着くかという実験では、正確に6人だったという報告がある。
このネットワークをうまく利用すれば、情報はどんな風にでも繋がり流れていく。こう考えると、趣味で分断され、収入で分断され、相互不通になっているように見える断片化市場でも、その背後には実はすぐ繋がる回路が存在しているといえる。この回路を繋いだ時に、小さなニッチを超え、大きなマーケットにすることができるのである。今回分析した30のヒット商品では、まずニッチの断片に合う商品開発を通じ、小さなニッチを埋 めている。そして、この初期受容層の持つアクチュアルな地縁、血縁、社縁、学縁といったネットワークや、バーチャルなネットの掲示板やブログ、そしてメディア化したチャネル、あるいはチャネル化したメディアをうまく利用し、この回路を繋いで断片化を解消している。
特定層を狙って小さく深く入り、ネットワークをうまく活用し、小さなニッチにすぎないマーケットから、大きなマーケットへの回路を繋ぎ、ヒット商品を生み出す。これをパワーネット・マーケティングと定義する。ニッチ間を繋ぎ、ワープすることができる回路を発見することが断片化市場を攻略する鍵である。
パワーネット・マーケティングには以下の5つの原則がある。この原則をベースにマーケテ ィングを組み立てることで断片化市場を攻略することができる。
(1)マスにならない特定層を狙え(Tiny Target)
ひとつめは、「誰にでも受け入れられる商品は作るな」「徹底してマス・マーケットにならない特定の層を狙え」ということだ。それぞれのマーケットの中でそのマーケットをリードしているオタクといわれる層をターゲットにする。その人達にピタッと合う商品を作り出すことが大切だ。
実は、こうしたマーケティングは、マスメディアが無かった時代にブランドを作り出したバーバリーやルイ・ヴィトンが採った戦略でもある。このことが現在、もう一度必要とされているということでもある。バーバリーの初期受容者は、イギリスのホームドクター制の下、昼夜や天候を問わず、各家庭を往診するという厳しい仕事を担った医者であった。 厳しい仕事をする医者にまで愛用されてきたことが、バーバリーの品質を保証し続けてきたのだ。ルイ・ヴィトンも同様である。王室向け商品を一般向けに販売し始めた当初、演奏家向けの鞄を手がけた。演奏家はマスにならない市場だ。鞄の形は楽器に合わせて全部違い、演奏旅行で使うため、高い耐久性や対衝撃性が求められた。長年、演奏家との間でこうした鞄を作る技術を培ってきたことがルイ・ヴィトンの品質の証になっている。こいうしたマスにならない特定の顧客層の支持を追求することを通じて品質の評価を獲得し、それが、様々な波及効果を生んで現在に至っているのである。
30のヒット商品の中でも、音楽好きを狙った山野楽器の「ハンドロールピアノ」、車・バイク好きを狙ったダイハツの「コペン」やヤマハの「マジェスティ」、東急東横線の女子高校生から受容され始めた「かむかむレモン」、都心の大型オフィスビル勤務の多忙な20代OLを狙ったスマイルズの「スープストック」などはいずれも、特定の関心領域や特定の地域、悩みなど、マーケットにならない小さな特定層を狙って作られた。できるだけ特定層を狙え、マスにならない層を狙えということが第1の原則である。
(2)特定層との強い絆をつくれ (Strong Tie)
二番目の原則は、「特定層に深く入る」ということである。単に受け入れられるのではなく、深く入ることで、信者が生まれ、その信者が伝道師となる。顧客が顧客を説得していく構造を生み出すことができる。
深く入るためには、顧客の心と商品が結びつく、強い絆が必要だ。その強い絆を生むのは、「こちらの方が得だから買う」という合理的な意識ではない。特定層の心の中に入っていくには、顧客の無意識の中、すなわち無意識下に商品を結びつけていくことだ。
このためには、消費者の心理メカニズムを捉えることが必要である。30のヒット商品について、フロイトの精神分析的なアプローチで分析してみると、合理化、置き換え、退行、投映、摂取・同一化、知性化、反動形成といった不安防衛機制のメカニズムによる商品の受容心理が読み取れる。受容心理には、これら防衛機制のうち、ひとつが作用するケースもあれば複数が作用するケースもある。
例えば、ハーレーダビットソンは、「いつも革新者でありたいが現実は会社組織に従順なサラリーマンである」という葛藤から生まれる不安を、「ハーレーのオーナーは組織に縛られていない自由の象徴」というイメージと自己を「同一化」し、自由になりたい欲望をハーレーを所有することに「置き換え」て解消することを通じて受容されている。複数の不安防衛機制が作用したケースである。また、キットカットは、受験に失敗することへの不安を解消するため、落ちるかも知れないというその気持ちから目をそらす「否認」のメカニズムが作用して受容されている。否認というひとつの不安防衛機制が作用したケースだ。
特定層に入るとき、こうした心理的なメカニズムをいかにうまく使うかがポイントである。30商品の受容心理の分析結果を応用すれば、自社の商品と顧客の絆をつくるための方策を検討することができる(図表9)。
(3)スーパースポットで情報付加販売をせよ (Using Super Spot)
三番目の原則は、情報と販売の統合である。 これを実現した「スーパースポット」で情報付加販売を行うということだ。
情報と販売の統合が実現するスーパースポットは現実に存在する。それはインターネットの時代と共に始まった。30万冊の本を品揃えするネット書店・アマゾンが登場すると同時に10万冊、20万冊の品揃えをする巨大書店が日本で登場した。ジュンク堂や渋谷のブックファースト、丸の内の丸善などだ。これは、情報と販売とが一体となって顧客を説得する装置が登場したことを意味する。逆に、情報を持たない小さな旧来型の書店は潰れ続けている。
ニコンの「D70」やシャープの「AQUOS」では、新宿西口のヨドバシカメラやビックカメラの売り場がスーパースポットだ。世界有数の大型テレビの売り場がある。面積では中国など他所に劣るかもしれないが、品揃えの幅と深さは、世界の10大情報家電メーカーの商品を揃えている日本ならではのものがある。このスポットには、TVCFが提供できる情報量を圧倒的に超えた情報量があり、情報と販売が統合されている。「電車男」や「玄人志向」もスーパースポット・ 秋葉原が活用されている。「ナナ」も、池袋プリンスホテルの裏通りのコミケロードである「乙女ロード」がスーパースポットとして機能していると分析できる。
様々な業界や商品サービスの領域で、情報と販売を分離せず、統合して説得できるスーパースポットが存在しており、ヒット商品はこれをうまく使っている。圧倒的な品揃えと情報で差別化された「エリア、店、ネット」などのスーパースポットは、不特定多数の異なる層を集客するパワーを持つ。このスポットのうまい活用が三番目の原則である。
(4)顧客のネットワーク外部性を利用せよ (Consumer Network Externalities)
四番目は、ネットワークの外部性の利用である。顧客が増えていくことを利用して、みんながこうしているから、私もこうしたいという欲望をうまく作り出す。話題性がその市場性を作り出すメカニズムを活用するのである。
三才ブックスの「萌える英単語」や中野独人の「電車男」が好事例だ。「電車男」も当初は、本当にごく一部の人しか読んでいなかったが、
それが話題になってくると、話題になっているから読もうという動機が生まれてくる。面白いから読みたいというのではなく、みんなが見ているから、みんなが知っているから買いたいということが動機になる。ユニチャームの「超立体マスク」は、別名、天狗マスクと呼ばれている。見た目が非常に奇抜でインパクトも強い。そのデザインの奇抜性が、「よく効く」「今年は花粉症にならない」「予防になる」という意味のシグナルを発信し、売上が拡大した。外部性をうまく活用した結果である。
あるニッチが満杯になり、ある普及水準を超えると、他のニッチでも話題になってくる。他の人が知っている、使っているので、関心が持たれて購入されるという波及だ。四番目の原則は、こうしたネットワーク外部性をうまく利用するということである。
(5)情報的プロモーションを連射せよ (Informative Promotion)
最後に、情報的プロモーションである。ブランドネームや機能効果を反復刺激してブランドの認知度を高めてブランドイメージをポジショニングする従来の説得的プロモーションではなく、常にその商品の持っている情報的価値、価値ある情報をお客様に伝えていくことだ。
例えば、東芝の「RD-Style」は、開発者自身が制作した32ページにも及ぶ用途提案カタログを初期に120万部配布。次いで、東芝直営のwebサイトでの魅力訴求を展開し、さらに、開発者が様々な雑誌のインタビューに答えている。価値ある情報の連射を行い、使い方の情報を普及させた。『図解・RDスタイル』という書籍まで発売 されているほどだ。発売初期の単発プロモーションに終わるのでなく、継続した情報的プロモーション展開が大切なのである。
「玄人志向」も、秋葉原の展示即売会で初期受容層を形成した後、webサイトを立ち上げた。これは、PCオタク層から一般層へ情報提供をする場の提供である。さらにPCオタクが集まるソフマップのPCパーツ売り場でフルライン展開し、商品の幅の広さを見せ続けた。スーパースポットであるソフマップの売り場を活用しながら、ユーザ ーと一体となった情報的プロモーションが展開されたのである。
資生堂の「Q10AA」も、効果やその裏付けを訴求し続ける仕組みとして、Q10購入者組織や生活情報番組に取り上げられるようなPRが準備された。
単なるイメージ訴求ではなく、必要な情報が顧客に届くようなシステム、それも継続的に届く仕組みづくりが断片化市場を繋いでいく成功の鍵になっている。
生活の趣味化と階層化を背景に、市場の断片化が進む。こうした市場条件にうまく対応することでヒット商品が生まれる。断片化した市場でのヒット商品は、知る人ぞ知るといったタイプにならざるを得ない。市場の断片化を前に、伝統的なマーケティングは風化していく。そんな時代状況の中で、次代に備えて準備すべき戦略として、パワーネット・マーケティングを提案した。これからヒット商品を生み出すには、この5つの原則をもとにしたマーケティング展開が鍵である。(井坂)
本稿は、当社代表松田久一の話を井坂が独自にまとめたものです。
※本提言論文は、「営業力開発」誌 2005・No188号(編集発行:日本マーケティング研究所 執筆担当:JMR生活総合研究所)に掲載されております。掲載文は以下の(2)〜(6)に続いております
(2)ヒット商品事例(1)〈Q10AA〉
(3) ヒット商品事例(2)〈かむかむレモン〉
(4) 人口減少社会下で甦る都心商店街
(5)メーカーの独自流通開発が生み出す、情報とサービスの融合
(6) ついに崩れた最後の2強!── GMSショック
|