総務省が発表したインターネット利用に関する調査によると、平成14年末時点でのインターネットの世帯普及率は、81.4%に達した。これを利用人口でみると、全人口の54.6%が利用しているという結果になっている(図表1)。また、利用環境においても、従来のダイヤルアップ式ではなく、ADSLや光ファイバーといったインフラが進んだことや、デジタルテレビの進展などもあり、今後ますますネット生活経験者が増加することは間違いないといえる。
(株)JMRサイエンスでは、「情報ネットワーク社会」である「デジタルな時代」になるに伴って、生活者の消費生活もおそらく大きな変貌をとげていくであろうと考え、2000年より、関西学院大学商学部の井上哲浩助教授とともに研究会を立ち上げた。先生をはじめご協力いただいた方々とは、この4年間さまざまな視点で議論させていただいた。この場をお借りし、お礼を申し上げたい。
本稿では、そのディスカッションや実験を踏まえた研究成果を紹介する。
まず、過去のライフスタイル研究をレビューした。それらを通じて、消費者行動の根底に存在し、生活者の消費行動を大きく規定している「価値観」に焦点を当てて議論していく必要があるという結論に達し、右図のような研究フレームを設定した(図表2)。フレームワークの詳細は、営業力開発2001Vol.3を参照していただくとして、まずわれわれは、消費者の購買選択を左右する「価値観」を測定する尺度づくりからはじめた。このとき開発した尺度で、生活者の価値観を4年間、時系列に測定・分析している。
その後、この価値観尺度とともに、さまざまな消費者分析手法・理論モデルを提言させていただいた。すなわち、価値観尺度「JMR_e-Core
Value Scales」、それら尺度の活用として、新三種の神器の1つである食器洗浄器や、デジタル家電など「新普及商品の初期採用者理解モデル」、パワーブランド構築のためのブランド価値ヒエラルキーにおける「マイストーリー」という概念、消費者の意思決定プロセスをベースとした「ブランド選択プロセス分析モデル」などをご提案させていただいた。
本年度のテーマは、「パワーブランドの構築とCRM戦略」とした。昨年までは、生活者の消費行動における購買選択の価値観について焦点を当ててきた。しかし、その消費者理解がある程度進むと、今度は、われわれはその消費者に対し、どのような価値を提供していけばよいのか、といったマーケティング戦略構築に視点が向いていった。そして、「価値」を焦点にマーケティングを検討していくと、「パワーブランドの構築」という課題に突き当たった。
さらに、パワーブランド構築のためには、CRM戦略が不可欠であるということから、両者をあわせて検討していくことが必要ということから、このようなテーマタイトルに決定した。
本稿では、井上助教授に「価値の創造と管理のマーケティング戦略」をまず論じていただいた。つづいて、(株)JMRサイエンスから、パワーブランド構築の際のポイントとして、3つの提案をさせていただいた。最後に、パワーブランド構築およびCRM戦略において、優れた企業の事例を3社紹介している。
マーケティングに関わる企業人そして研究者が「価値」と聞けば、まずブランド・マネジメントを連想するのではないだろうか。ブランド・マネジメントは、日本国内および海外の研究者および実務家の関心を非常に集めているマーケティング・マネジメント問題の一つである。ブランド・マネジメントの研究対象は、過去約十年間にかなりの充実を達成してきている。David
A. Aaker流にいえば、エクイティを論じ、アイデンティティを論じるであろう(Aaker 1991;
1996)。市場に提供されているブランドの短期的な成果や利益を中心としたマネジメントを批判することに端を発したブランド・エクイティ論は、ブランドの長期的な価値、資産的価値の重要性を1990年初頭に世に投げかけた。その後、どのようにすれば強いブランドを構築することができるか、強いブランドの特徴とは何か、といった見地からブランドの独自性、アイデンティティを中心に議論が展開されている。
ブランド・イメージやブランド・ロイヤルティなど、伝統的アプローチで行われてきたブランド研究をある意味統合したのが、ブランド・エクイティであった。ブランドは、製品そのものがもつ価値以上のものを持つ。ブランド・エクイティは、そのブランドに対するロイヤルティが高いほど、そのブランドが知られていればいるほど、そのブランドの品質が高いと思われていればいるほど、そしてそのブランドから連想されるものや事柄が豊かであればあるほど、高いと考えられる。ブランド・エクイティに関する研究は、80年代半ばから90年代半ば積極的に行われた。
その後今日まで、ブランドの価値の測定・評価に主眼があてられたブランド・エクイティ研究から、ブランドの価値を形成しているものの本質を明らかにしようとするブランド・アイデンティティ研究に力が注がれるようになった。ブランドはどうあるべきか、このブランド価値の中核であり、価値のマネジメントであるマーケティングの本質を検討することが、現代のブランド・マネジメントの課題である。
ブランド・マネジメントにおけるブランド価値の問題は、様々な研究者や実務家により論じられており、ブランド価値をとらえる構造には微妙なばらつきがある。例えば、和田(2002)は、基本価値、便宜価値、感覚価値、観念価値という4つの階層的水準の存在を提唱し、真の意味でのブランド価値は後者2つの感覚価値と観念価値にある、と主張している(図表1)。丸岡(1997)は、Gutmanの手段目的連鎖モデルに基づき、属性、機能的ベネフィット、情緒的ベネフィット、そしてこれらの階層構造の最上位にある価値観の構造を、ラダリング法によりどのように導出するかを例示している(図表2)。青木貞茂(1997)が紹介しているように、博報堂では、物理的機能的価値、情緒的価値、精神的価値という構造を想定している。
ブランド価値に関して、研究者や実務家により価値の概念・名称やその階層性に関するとらえ方にばらつきがあるが、基本的な物理的製品属性から情報に階層的に価値が構造化されている点は共通である、ことに留意されたい。
これらブランド価値を導出する手法の内、もっとも一般的に用いられている手法が、ラダリング法である。ラダリング法は、以下のような質問を順に繰り返し行われる。
調査者:「aa(例、ビール)カテゴリーの内、最も好きなブランドはどれですか?」
回答者:「bb(例、一番搾り)ブランドです。」
調査者:「bbブランドが好きな理由は何故ですか?」
回答者:「cc(例、のど越しが爽やか)だからです。」
調査者:「なぜccであることが重要なのですか?」
回答者:「dd(例、気分を爽やかにしてくれる)だからです。」
調査者:「なぜddであることが重要なのですか?」
これらを繰り返すことで、丸岡(1997)における属性、機能的便益、情緒的便益、価値を識別し、それらの間の関係を明らかにしようとする。
しかしながら、常に属性→機能的便益→情緒的便益→価値へとラダー・アップするとは限らず、属性→機能的便益→属性とラダー・ダウンしたり、属性→機能的便益→情緒的便益で止まってしまい価値へラダー・アップしないことなども少なくない。このラダー・アップやダウンや中止の問題に加えて、ラダリング法にはいくつかの問題があることが、Reynolds
and Gutman(2001)やGrunert, Beckmann, and So/rensen (2001)により指摘されている。Grunertらは、消費者情報処理パラダイムに基づき、特に記憶の視点からラダリング法の長所・短所を簡潔にまとめている。例えば、一箇所に全てが記憶されているのか、部分的なのか?こういうことがあったという事象に関するエピソード的な記憶もあればその事象の楽しかったことや悲しかったことという意味的な記憶もある。言語的に記憶されている場合もあればイメージ的に記憶されている場合もある。ReynoldsらやGrunertらによる指摘があるにも関わらず、ラダー・アップやダウンや中止の問題に対して、消費者サイドの問題、対処できない問題、集計して相殺される問題と、直視せずに対処してきたのが現実である。
本稿では、Gutmanの手段目的連鎖モデルを前提とすることに限界があるという立場に立って、この問題に直接的に対処する。その方法は、Gutmanの手段目的連鎖モデルの構造を柔軟に特定化しデータに依拠して最善のブランド価値構造を識別するというものである。ラダー・アップやダウンが発生したり、中止が起こったりするのは、強引にGutmanの手段目的連鎖モデルを適用しているからであり、Gutmanの手段目的連鎖モデルではない構造を消費者が保有しているかもしれないという仮定に基づく。例えば、属性、機能的便益、情緒的便益、価値という4つの構成概念ではなく、いずれか一つのみ消費者が保有する場合も許容できる。つまり、1水準モデルとして4つのモデルを考えることができる。いずれか二つのみ保有する2水準モデルを仮定する場合も、4つの中から2つのみが存在すると想定し、順列を考慮すると、合計12のモデルを特定化することができる。同様に4つの中から3つのみが存在すると想定する3水準モデルは合計24特定化でき、4つ全ての概念が存在する4水準モデルでさえも、順列を考慮し、24のモデルを特定化することができる。これら1水準モデルから4水準モデルまでの合計64(=4+12+24+24)の意味階層構造モデルを柔軟に特定化し(図表3)、データに64の中から最善のモデルを識別させようとするモデルである。
この手法をシャンプーカテゴリーに適用した。調査は、2003年3月にインターネット調査を用いて100標本(女性50、男性50)収集され、使用購買経験者のみを分析対象とした。その結果、ブランド毎にブランド意味階層構造が異なることが明らかになった。従来のGutman型の4つの構成概念全てが包含された属性→機能的便益→情緒的便益→価値という結果になったのは、4ブランド中1つのブランドのみであった。他の3ブランドに関しては、4つ全ての構成概念が包含されてはいるがその順序がGutman型とは異なるモデルが、最善のブランド意味階層構造モデルとして識別された。
上述の新しいブランド価値識別手法が含意することは、端的には、消費者価値を消費者サイドから正確に理解することが重要であるという点である。言い換えれば、ニーズの充足と一言で表現されてきたマーケティング・マネジメントにおいて、顧客のニーズを即座に理解しているマーケターは少なく、注意深い顧客理解が必要なのである。売り手と買い手の相互同意に基づく交換というパラダイムに基づいてきた従来のマーケティングは、やや限界に来ているかもしれない。むしろ図表4に示されたような、ニーズの充足に加えて3つの側面が重要なのではないだろか。一つには、必然性の認識である。必然性を感じるようなイメージを顧客に埋め込むアプローチである。例えば、数年前、ペットボトルのお茶を購入する際に体脂肪の減少を考慮したり、カテキンの量を確認したりする消費者は存在しただろうか?おそらくあるブランドがお茶カテゴリーに導入されて以来、消費者は健康やカテキンを考慮してペットボトルのお茶を購入するイメージが埋め込まれた、マーケティングされた、ポジショニングされたのではないだろうか。同様に、あるブランドが市場に導入されるまでは、臭いにおいは空気中に浮遊しているイメージだったのではないだろうか。従って、いい香りを発散するような芳香剤を部屋に置くことで対処していた。しかしそのブランドの出現以来、臭いは空気中にではなくカーペットやカーテンやソファーなどの部屋の布に付着しているというイメージが顧客に形成され、臭いを除去する液体を臭いの原因の部屋の布製品に直接吹き付けるようになったのではないだろうか。
二つには、差別化である。従来から差別化は議論されてきた。差別化は製品による差別化に限られない。サービスによる差別化、流通チャネルによる差別化、価格差別化、そしてイメージによる差別化などがある。問題は、どの次元を差別化の次元とするかである。そこで、援用されるのが一つ目の必然性と三つ目の価値である。強調したい点は、今、必要とされる三つの側面は相互に密接に関係しているということである。そして本論で特に強調したいのは、価値の提供・交換である。
交換パラダイムに基づくニーズの充足として議論されてきたマーケティング戦略が、成熟化した市場、製品の同質性が増加した市場、競争の程度が激化した市場において、新たなマーケティング戦略を構築するベースとなる概念が、価値である。その価値の創造と管理のマーケティング戦略は、ブランド・マネジメントに限られず、今やまさにマーケティング戦略構築のベースとして、まず必須の側面としてマーケターが考えねばならないポイントである。
価値の創造と管理は、リアクティブな対応的なマーケティング戦略では不可能であり、先進的な先駆的な、まさにプロアクティブなマーケティングでなければ執行不可能なものである。新たな価値を提案し、新たな市場を創造する際に、「市場」の概念を再検討することは意味がある。
Rosa, Porac, Runser-Spanjol, and Saxon (1999)は「製造業者と消費者との間で共有される社会的に構成された知識構造(i.e.,製品概念システム)である」として、Clark
and Montgomery (1999)は「実践的にマネジャー達がどのように競合を識別しているかに関する認知的フレームワーク」として、市場を把握することを提案した。両者に共通する点は、社会的認知システムとしての市場概念である。
この社会的認知システムとしての市場概念は、21世紀に突入してからのマーケティング学会における大きな潮流になりかけている。社会的認知システムとして市場をとらえると、一つの戦略上主要な側面として、「認知支配」を考えることができる。この認知支配を行うことが、まさに価値の創造と管理のマーケティング戦略であり、プロアクティブに市場に仕掛けていくことが、この時代のマーケティング戦略に必要なことではないだろうか。このプロアクティブなマーケターは、メーカーのマーケターのみが担うとは限らない。市場システム全体の構成者だれでもが、プロアクティブな価値創造のマーケターとなりえるのである。供給業者のマーケターの場合もあれば、中間業者のマーケターの場合もある。更には、消費者自身が、プロアクティブな価値創造のマーケターとなる場合さえある。このプロアクティブな価値創造のマーケターを、社会的認知システムとしての市場において認知支配を編集するものとして、マーケット・エディターとしてとらえることは非常に興味深い(井上、新倉
2003)。
市場を理解し市場に仕掛けるマーケット・エディターとして、競争優位なブランド価値をターゲット・セグメントに対してポジショニングすることこそが、プロアクティブに新しい価値を創造し管理するマーケティング戦略のエッセンスである。
井上哲浩
<経歴>
1996年 Anderson School of Management,UCLA,Ph.D.
(Marketing)
1999年 関西学院大学 商学部 助教授
<主要論文>
「競争市場構造分析モデルの現状」/オペレーションズ・リサーチ48巻5号
2003年5月
「マーケティング・マネジメントと価値に関する一考察」/商学論究51巻2号
2003年12月
【参考文献】
・Aaker, D. A. (1991), Managing Brand Equity.
NY: The Free Press.
・Aaker, D. A. (1996), Building Strong Brands.
NY: The Free Press.
・青木貞茂(1997)「博報堂の新しいブランド・コンセプト管理・開発法NEOHARVEST」、青木・小川・亀井・田中編『最新ブランド・マネジメント体系』、日経広告研究所。
・Clark, B. H., and D. B. Montgomery (1999),
"Managerial Identification of Competitors,"
Journal of Marketing, 63 (July), 67-83.
・Grunert, K. G., and S. C. Beckman, and E.
Sorensen (2001), "Means-End Chains and
Laddering: An Inventory of Problems and an
Agenda for Research," in T. J. Reynolds
and J. C. Olson (Eds.), Understanding Consumer
Decision Making: The Means-End Approach to
Marketing and Advertising Strategy. NJ: Lawrence
Erlbaum.
・井上哲浩、新倉貴士 (2003)「社会的構成概念としての市場~Market-System
Composers, Market Editor, and Cognitive Dominance
to Edit the Market As Key Concepts~」日本マーケティング・サイエンス学会第74回研究大会報告。
・丸岡吉人(1997)「ラダリング法によるブランド調査」、青木・小川・亀井・田中編『最新ブランド・マネジメント体系』、日経広告研究所。
・Reynolds and Gutman (2001),"Laddering
Theory, Method, Analysis, and Interpretation,"
in T.J. Reynolds and J. C. Olson (eds.), Understanding
Consumer Decision Making: The Means-End Approach
to Marketing and Advertising Strategy. Erlbaum.
・Rosa, J. A., J. F. Porac, J. Runser-Spanjol,
and M. S. Saxon (1999) , "Sociocognitive
Dynamics in a Product Market," Journal
of Marketing, 63 |
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※本提言論文は、「営業力開発」誌 2004・No185号(編集発行:日本マーケティング研究所 執筆担当:JMRサイエンス)に掲載されております。掲載文は以下のU〜Yに続いております。
V.デジタルな時代のインターネット生活
W.パワー・ブランド構築のための理論、分析手法
1.ブランドによる消費者セグメンテーション
2.パワー・ブランド構築の視点
3.プロダクト・デザイン・マネジメント戦略策定のための調査・分析手法
X.パワー・ブランディングとCRM戦略
Y.事例研究
1.岡本株式会社の顧客コミュニケーションとブランド
2.パイオニア株式会社のCRM戦略
3.日本航空のCRMとマイレージ戦略
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