→季刊「営業力開発」誌の ご案内

→お申し込み




競争優位のマーケティング
 
 
■持続成長力の格差

 企業の中長期の経営目標は、顧客への価値提供を通じ、持続的に売上、収益を成長させることである。弊社では、大手消費財14業界のメーカーの40事業を任意に抽出し持続的な成長という指標を基軸に、90年代の実績推移、戦略展開とその経路の研究を行った(「第一回持続競争力調査」及び同調査をベースとした 戦略を読む 2 「21世紀の競争戦略―ネット時代の戦略原則」もあわせてご参照ください )。
 90年代の40事業の業績を精査すると、業績格差は、経済成長や属している業界という環境に依存したものでなく、企業の個別の努力、採られた戦略、あるいは競争優位のシステムによって生じたというのがひとつの結論である。
 格差の源泉は二つある。第一は、競争優位である。競争優位とは、顧客に、競争相手よりもよりうまく価値を提供する仕組みである。40事業の戦略分析から99年時点で「競争優位がある」「維持・確立されている」「部分的に維持・確立されている」「未確立」に分け、10年間の事業成果をみると、競争優位が確立されている事業ほど、売上成長性、期間営業利益率、期間利益率変動が高く、収益性が高いことが明らかになった。
 もうひとつは、短期的、近視眼的な政策ではなく、マーケティングスタイルを持っているかどうかである。政策がころころと変わる会社は多い。マーケティングスタイルとは、短期的な政策ではなく、一定の持続的なスタイルのことである。40事業を「スタイルがある事業」と「ない事業」に分け、同じように収益性を見ると、ここでも大きな格差が確認された。競争優位とマーケティングスタイルが持続成長の格差を生んだ要因であった。
 
図表1 格差を生む源泉-競争優位
 
図表2 格差を生む源泉-マーケティングスタイル

■持続競争優位のシステム

 1980年、マイケル・E・ポーターは「競争の戦略」を著した。しかし、その競争戦略はあまりに静的すぎ、現在の市場変化に対応できるだけの戦略・発想力を持たなくなったのが90年代であると指摘できる。この証拠のひとつは、競争優位にはライフサイクルがあり、長続きしないということである。「第一回持続競争力調査」では、90年前後に競争優位を確立していた事業をベースにし、10年後それが持続されているか否かを検証した。「競争優位が維持されていた」は僅か14%で、ほとんどが「部分的に崩壊」又は「完全に崩壊」している。
 これは、ひとつは競争優位システムが寿命を持っていることを示している。寿命を持っているということは、逆にいえば、持続競争優位の仕組みをいかにして創造し、維持し、確立していくかが、戦略上大変重要だということだ。競争優位をいかに作り出すかだけでなく、それを維持し、確立し、また再創造していく仕組みを作ることこそが、90年代には重要であった。  もうひとつは、いったん作られた持続的な競争優位は、部分的崩壊しかしないことの重要性である。部分的崩壊しかしないということは、これまでの仕組みを捨てられないということである。その結果、後述する「手詰まり症候群」というかたちの企業習慣病に陥る可能性が高くなる。
 40事業の研究で明らかになったことは、競争優位のシステムにはライフサイクルがあり、戦略転換が必要だという事実だ。このことは、戦略とは極めてダイナミックで時間依存的だということを再認識させてくれる。旧の崩壊と新の創造というジレンマの中、競争優位のシステムの進化を考えていかねばならない。この事実を前にポーターの競争戦略はあまりに静的すぎる。

■持続的な競争優位の戦略原則

 40事業の10年間の分析から、持続的な競争優位の仕組みを作っていくキーポイントが4つ確認された。
 ひとつは「機動」ということである。英語ではmaneuverである。一般的には機動=スピードという考え方が多いが、機動とはスピードではなく「競争相手よりも有利な地位を得るためのスピードとアクション」である。典型例として味の素があげられる。味の素は90年代初頭に総会屋問題等で社会的制裁を受け、名声は落ちていったかに見える。しかし、実際はこの10年間持続的に成長した企業のひとつである。この強さは機動にある。90年代に入ってすぐ商品を絞り込む。他社がこれに追随するのに2年かかった。次いで広域営業本部を作る。今、広域営業本部を作っている会社もあるぐらいで、ここでも大幅なリード力を持っていた。このように味の素は常に他社に先がけて有利な地位を得ている。これが機動ということだ。競争相手を明確にして、競争相手が驚くような位置(ポジション)についていくということである。
 第二は「布石」を打っているということである。布石とは「優位置を長期に生かすための短期を犠牲にしたアクション」を行うことである。例えば、ゼンリンは1980年代に地図の電子化を始めた。これはトップの決断から推進されたが、今になって花開き、結果として、カーナビも含め、あらゆるところでゼンリンの地図が使われている。当時多くの人には、地図の電子化の意味が全くわからなかった。つまり、短期を犠牲にして長期をにらんだ布石をきちんと打っていたということである。近視眼的なマーケティングでは、10年を見越した布石は打てない。
 第三は、常に業界の情報をリードする「主導」ということである。この事例は、日清食品のカップ麺である。とにかく、何から何まで新製品開発については話題性を取っていく会社だ。業界内において市場をリードしていく、主導性を持った戦略を採っている。
 第四は「集中」である。「競争の現場における数的優位を実現する資源配置」ということである。この実践は難しいが、伊藤園やマンダム、カネボウがあげられる。カネボウは集中戦略で90年代に成功した。商品を絞り込んで、それに徹底的に資源を集中する戦略を採って成功した。伊藤園も集中戦略、つまり数で勝つということが非常にうまい会社だ。競合のキリンビバレッジにセールスマン総数では負けるが、営業現場では数で絶対に負けないといわれている。競争の現場における数的優位を実現する資源配置が機動的にできるということである。
 こうした要にあるのが「機動」である。21世紀にかけても、戦略の発想の原点、あるいは競争優位を築いていくときのひとつの機軸となるのが、この「機動」という考え方である。機動を機軸に、布石を打ち、主導し、そして集中するという関係が、競争優位を築いていく鍵になってくる。

■組み替えと再統合化

 これからの競争優位を築いていくヒントがもうひとつある。1950年代には、川上から川下まで、部品原料があり、R&D、アセンブル、マーケティングがあり、出荷物流があり、そして卸・商社があり、小売があった。戦後の1950〜60年代にかけてのひとつの収益モデル、つまりメーカーのモデルで、付加価値は商社とメーカーにあった。
 1970〜80年代に入るとメーカーが川上統合を進める。トヨタの部品系列化が典型である。そして、卸の特約化、小売の系列化を通じ、系列チャネルによる川下統合が進められた。こうして付加価値を川上から川下まで全部薄くして、日本型製造業モデルが完成していき、人的依存関係、総合力で戦っていくという付加価値のシステムが出来上がった。
 それが、1990年代、二つのビジネスシステムによって、綻びが生じた。ひとつはユニクロ型のSPA等のように、機能を完全に分離してアウトソーシングし、肝心なところだけ押さえて付加価値を統合していく、つまり特定付加価値だけに取り組んでいく形のビジネスシステムに負けた。ユニクロでは、部品原料は東レや大手の化学繊維メーカーに任せ、自分たちはマーケティングと企画だけを行い、卸機能と小売に集中した。出荷物流もサードパーティを活用。アイテム数を増やし、単品の値段を下げ、購入点数を上げることで、客単価を上げる。ユニクロは今年セブン−イレブンの経常利益に迫る勢いである。  もうひとつは、ルイ・ヴィトン、グッチ等のインポート、欧州型の製造業モデルに負けた。ルイ・ヴィトンの2000年売上は、これまで最高だったバブル時91〜92年の400億円を抜いて、現在2.5倍の1,000億円に達した。銀座に新規出店も果たした。エルメスもグッチも同様に好調だ。この欧州型の製造業モデルは、職人にモノを作らせ、店頭ではライフスタイルショップのように展開していく。川上から川下までの圧倒的な統合力、いわば超垂直統合というような、原料から売り方まですべて統合することによって付加価値を上げていく。このモデルに、やはり負けたといわざるをえない。
 この反省に立ち、これからの競争優位を考えていくと、これらビジネスシステムにみられる機能の組み換えと再統合化を相当に実行しなければならない。そのキーになるのはマーケティングであるが、もうひとつのキーはハイブリッド流通システムである。この10年でEC等、ネット化が確実に進む。しかし、ネットだけで流通が成り立つことはほとんど不可能である。これからは日本の製造業、メーカーを中心にネットとリアル店舗をハイブリッド化させ、機能の組み換えと再総合化をした強みを作る必要がある。

図表3 組替えと再統合化の強み

 
■成否を分けたマーケティング

 持続競争優位が成長力の差を生み、同時にマーケティングスタイルが大きく差を生んだ。マーケティングスタイルとは何か。「第一回持続競争力調査」では一般に語られるマーケティング通説を50整理し、これを評価項目に40事業を評点した。この結果をもとに、企業がどんな戦略を取っているか、因子分析を行い、抽出された因子をもとにクラスター分析を行った。四つのスタイルが見いだせたが、このうち、二つが好業績を上げている。  ひとつは「商品多様化川上統合スタイル」。多数の新製品を投入し、取引先の卸を重点化し、さらに小売を選別し提案営業を行うスタイルである。唯一商品が成功したスタイルで、ターゲットを狭くし、コスト優位に立ち、コスト集中をするのが基本。その上で品ぞろえ幅を拡大化しマルチアイテムを投入、店頭販促に重点を置く。明確な戦略と実行志向と、ミドルの権限拡大で推進する。商品を多様化し川上統合し、どんどんお客様に接近していく。ソニー、そしてカゴメ、花王が事例としてあげられる。
 もうひとつは「選別営業スタイル」である。新商品、つまり商品は捨て、小売を選別し、量的チャネルという自分たちの強みを生かし、取引先業態を選別して行うスタイルだ。ターゲットを絞り、コスト優位に立ち、コスト集中し、商品を絞り込んだ上で広告宣伝投下をし、業態別対応をして、小売選別のもとで提案を行う。組織的には明確な戦略を採り、実行優先で、情報武装化型のミドルを中心に動かすということである。二つのスタイルに共通している組織上の重要なポイントは、情報武装、つまりIT化を取り入れるミドルが中心になって戦略を推進するということである。  逆に、苦戦したのが「新製品依存症スタイル」と「手詰まりスタイル」である。前述の「商品多様化川上統合スタイル」と「新製品依存症スタイル」、「手詰まりスタイル」の3つには共通点がある。それは、90年代に新製品、新アイテムを数多く投入したということである。一方が成功して一方が失敗した要因は、小売を選別できたか否か、そして店頭で提案ができたか否かの差にあった。これによって業績、成長に大きな格差が生まれた。新製品投入を活発に行ったがそれが全部失敗した。これは、90年代、新商品開発が失敗したことを示している。新商品開発、商品力によって持続成長力にはほとんど差はつかず、営業力で差がついたのが90年代のマーケティングだった。
 このように、新製品に依存して、取引先を選別せずに行ったマーケティングは失敗した。一方、流通系列化など量的なチャネル支配力のもとで新製品だけを投入すると、新製品依存症になっていって、5年ごとに在庫削減をしなければいけないようなマーケティングになっていく。これら二つのスタイルは、ともに基本対応として全方位ターゲットで、新製品を多発し広告宣伝費が分散、営業流通では選別のジレンマが起こり、押し込み営業が行われて、組織としてはあいまいな方針で、流通在庫がたまっていく。それがスタイルとしてどんどん蓄積し、新製品依存症と手詰まり症、行き当たり政策、強みの否定とつながっていって、さらに弱くなっていくという構造であった。これが二大企業習慣病である。
 
図表4 90年代に成否を分けたマーケティング

■2010年の市場環境

 21世紀初頭の10年で一番注目すべきは、消費者のキャッシュパワーとデフレ圧力である。いかにしてデフレ圧力に抗するか。メーカーの消費の刺激策による消費意欲の回復が大命題になる。第2番目は、少子高齢化、世代交代が進んでいき、さらに収入格差を中心にした再階層化が進む中で、顧客市場の再編が起こる。これをどう考えるか。さらに流通のグローバル再編で、カルフールはじめ、世界の大手組織小売業が参入してくる。流通のグローバルな再編とe流通革命が重なり、流通市場が再編されていく。このような条件を踏まえ、「近視眼対策からマーケティングスタイルへ」と「機動を生かした新しい原則の活用」を視座にマーケティング革新を行う必要がある。
 日本が持つキャッシュパワーの凄さは、世界の経常収支を分析すると明らかである。世界の経常収支を全部合計すると、経常黒字が35兆円、その約4割が日本である。世界の経常赤字63兆円のうち、約7割がアメリカの赤字。35兆円と63兆円の間の差はアメリカの資産でまかなわれている。アメリカが資産を売っているのである。
 日本の可処分所得は合計で346兆円、アメリカは774兆円。ところが子細に分析すると、日本の金融資産、つまり現金をいくら持っているかというと、776兆円。アメリカは389兆円。日本はアメリカの約2倍になる。小売のベースで、お客様がどれだけキャッシュを持っているか、つまり1年間の可処分所得と資産を足していくと、日本は1122兆円、アメリカは1133兆円である。人口比で2倍、そして面積比で20倍のお宝が日本には眠っていることになる。この1122兆円のキャッシュパワーが動くとどうなるか。日本の上場企業の時価総額が522兆円、韓国のGDPが50兆円、中国のGDPが55兆円。日本の1122兆円のうち僅か5%が動くだけで、中国と韓国は圧倒的な影響を受けることになる。日本は軍事武装はしていないが、マネー武装をしているといえる。日本の消費者の持っているキャッシュパワーは、圧倒的に世界の中で群を抜いているという強みがある。これをいかに引き出していくかが、メーカーや様々なサービスのサプライヤーにかかっている大きな課題である。
 
図表5 日本の消費者のキャッシュパワー

■Winning Marketing Style

 90年代は、営業で勝負が決まった時代で、商品力は圧倒的に負けた。21世紀初頭10年、2010年をにらんだときに、新たな勝つマーケティングのスタイルが必要である。ここで2010年ウィニングマーケティングスタイルを提案したい。
 まず「商品開発力」でなく、現在の生活を楽しんで頂くことを提案できる「商品魅力度開発」。そして、商品力を上げていく前提条件となる「ターゲティング」、その上で、デフレ圧力に抗するための「ステータスブランディング」が重要になる。この3つが前輪となる。そして、後輪は、ブランド構築のもうひとつの鍵を握る「ハイブリッド流通システム」とこの推進のための「営業の再総合化」である。次章から、この五つの各論をご提案する。

 
図表6 2010 Winning Marketing Style



ご意見、ご質問の方はこちらへ→ 総合e-mailへ
ご購読希望の方はこちらへ→ お申し込みはこちら