2006年、日本の人口はピークに達し、先進国としてこれまでどこの国も経験したことのない人口減少社会が到来すると言われている。人口減少社会はこれまで常に右肩上がりで成長してきた日本経済を縮小の方向に向かわせるもの、GDPを減少させ国力を減衰させていくものという悲観的見方から、これまでの低い日本の生産性を向上させるチャンス、豊かな生活を享受することのできる社会へと転換することのできるチャンスである、などの期待を込めたものまで多様な議論が交わされ始めている。本書では、人口減少社会の到来につい確認し、人口増加時代のマーケティングの取り組みを振り返りつつ、新しい環境に向けた取り組みをはじめた企業や団体の活動を検討してみたい。
すでに人口減少社会を予測した様々な取り組みが始まっているが、事業の多角化や中国をはじめとする国際市場への進出などのケースが目に付くことが多い。本書ではむしろ国内市場に目を向け、国内市場で人口減少にどう対応していくのかを考えるきっかけとしたい。人口減少社会は現実のものとなっているが、その具体的イメージは簡単には描けない。キーとなるのは消費者との関係をどのように築くのかということは間違いないだろう。その時考えておくべき対象は消費者だけとも限らない。しだいに活動領域を広げつつあるNPOについてもどのような関係を築くのか、検討を始めるべきかもしれない。
2007年には団塊世代のリタイアも始まる。これまでの成長、拡大型の経済や社会とはまったく異なる時代への準備を考え始めるきっかけとしたい。
2006年、日本の人口はピークを迎えると言われている。国立社会保障・人口問題研究所が予測する日本の将来人口推計の中位予測では、2006
年の1億2,774万人がピークとなり、2007年から人口は減少を始めるとされる。
その予測によると、2010年に1億2,747万人(ピーク時より27万人減)、2020年には1億2,410万人
(同、364万人減)、2030年には1億1,758万人(同、 1,016万人減)、そして2050年にはちょうど1億人あまりにまで減少するとされている。
人口問題研究所の予測に関しては、楽観的過ぎ る予測との指摘があるが、2000年から2004年の毎年の推計人口はほぼ中位予測に近いラインを推移
している。2004年の人口推計は、1億2,768万7千人で中位推計値を5万人あまり上回っている。
ところが、2004 年の推計値でも男性は前年の2003年より約5千人減少している。男性の減少は、海外勤務の増加などによる社会減の影響を受けているとの見解が示され、今年度、帰国者が増えると男性人口が増加(回復)に転ずることもあるとの見方もされる。しかし、01年の米国同時多発テロのような大事件がない限り大量の帰国者が発生することは考えにくく、海外要因による社会増の可能性は低いと考えるべきだろう。
近年の1年間の人口増加数をみると、2001年時点では37万人あまりであったものが、2004年は前年に対してわずかに6万8千人しか増えていない。
2006年人口ピーク予測よりも1年早く今年2005年が日本の人口ピークになる可能性すらある状態だ。 既に人口減少社会が現実のものとなっていることをまず確認しておきたい。
現在の日本のこの人口減少社会は、(少産)多死社会であるとされる。2004年度の経済書ベストセラーのひとつ『「人口減少経済」の新しい公式』
(松谷明彦著:日本経済新聞社)では、日本の人口減少社会の特徴を少子化の進行よりも高齢者の多死化が特徴と位置づけている。
1947年(昭和22年)の出生数は267万9千人。47年〜49年の3年間で800万人の団塊世代が誕生した。
その後急速に出生数は低下するが団塊世代の子供たち世代が1971年からの4年間で毎年200万人誕生し、団塊ジュニアを形成する。そ
の後次第に出生者数は低下を続けるなか、年間死亡者数は長く60〜 70万人規模で推移していく。その後、出生者数が100万人に近づくにつれ次第に死亡者数も増加し、
ちょうど今双方110万人前後でクロスしている。これからは出生者を死亡者が大きく上回り人口減少が急速に進行し
ていく。
先の『「人口減少経済」の新しい公式』では、 日本の人口減少問題を『少子・高齢化』から論ずるのは間違いだと主張している。合計特殊出生率
の1.53ショック(1991年)、2004年には1.29にまで低下(ちなみに、1930年:昭和5年には4.72であった)に目を奪われては、毎年100万人以上が死亡していく中で急激に人口減少が進行する日本の人口問題の本質が見失われると言う。
団塊世代の成長と共に、彼らを対象とした需要 の創出が昭和30年代、40年代の高度経済成長を可能にしたとも言える。
団塊世代の労働力と団塊ジュニアを対象とした 消費・購買力が日本のGDPを押し上げ、80年代に日本経済の国際社会での競争力を高めた。
しかし、2007年頃から始まる団塊世代のリタイアは、生産年齢人口を大きく減少させ、日本のGDPを急速に縮小させていくことにつながる。
日本以外でも西欧・北欧の各国も人口減少社会を目前にしているが、その影響は日本ほど急激な変化をもたらさないとみられている。日本の場合
は、団塊世代、団塊ジュニアへの人口集中度が大きすぎるため、例えば定年で一斉にリタイアするなど社会的影響が極端に出やすい、と言うのが
『「人口減少経済」の新しい公式』の問題のとらえ方である。
そのため、高齢化とセットで語られる少子化対策はこれからの人口減少の解決にはならないとも主張する。少子化対策では今後急増する多死をカ
バーし切れない、と言う理由である。
人口減少が与える影響は様々に予想されている。 主なものは、(1) 労働力の減少の影響、(2) 団塊世代
のリタイアの影響、(3) 海外労働力の受け入れの可能性、(4) 少子化対策の効果などである。
人口減少の始まりと共に、2007年団塊世代が60歳に達し大量のリタイアが始まる。2000年国勢調査時点で50〜54歳の日本人は1,037万人、人口比で8.3%を占める。
大量のシルバー世代が新たな需要、消費を生むという期待もあるが、新たなリスクの原因にもなる。 50〜54歳の比率は全国的にどの地域でみても8%
前後で一定している。ところが、65歳以上人口と の対比でその比率をみると、鹿児島・島根(32%)、山形(34%)、秋田(35%)などに比べ、埼玉
(68%)千葉(61%)神奈川(60%)、大阪(57%) 愛知(57%)など大都市部でその比率が高い。50〜54歳人口は、鳥取県では4万8千人だがこれは千葉市や仙台市の7万5千人よりも少ない。東京では95万人の同世代の人が住む。団塊世代の大量のリタイア、高齢化は都市部において特に生活、居住環境にとっては深刻な問題となる。
企業経営からみると団塊世代のリタイアによる、 経験やノウハウの伝承に深刻な影響を与えることが懸念されている。産業によって団塊世代の依存
度は異なるため、業界、企業ごとにリタイアの影響を早期に予測しておくことが必要になっている。 団塊世代が60歳以降も継続して働き続けるかによるが、60歳以上の経験をつんだベテランのノウハウを活かす雇用の創出や雇用条件づくり、新た
なメニューの開発など、団塊世代活用方法の検討がいる。総労働力が減少していく中では、緩やかな雇用関係による労働力確保、ノウハウの伝承が重要になってくる。
前述のように労働力人口の大幅減少対策として海外からの労働力の積極導入なども検討されている。 統計で確認できる海外労働力の受け入れは、就労の資格を持つ者でみると18〜19万人程度に過ぎない(在留外国人統計:2003年)。貿易自由化交渉の中でフィリピンなどから介護関連の労働力を受け入れるべきだとの要求が出ており今後の動向が注目されるが、将来減少していく労働力人口を外国人労働力でカバーすることは不可能だろう。
かつて日本には縄文時代後期、平安時代後期以降、江戸時代後期に人口減少時代があったとされる。 その危機を乗り切ったのは、いずれも海外から
の労働力の受け入れで、しかもそれは単純労働力ではなく技術・文化・政治・経済の専門家たちエリート集団の力であったとする論もみられる。縄文時代には中国・インド文明を、平安時代後期以降には中国・南蛮文明を、江戸時代後期には西洋文明を受け入れそれが次の時代の発展エンジンに
なったという主張で、これからの人口減少時代にあっても積極的に専門知識を持った外国人を受け入れようと言う。一定規模での外国人の受け入れも進むであろうが、あまりのも大量な労働力の減少を解決する決め手にはなりえないだろう。
政府の人口減少社会への対策の中心を占めるのは少子化対策である。
少子化対策大綱(2004年6月)は、世界でも類を見ない少子化の背景には、育児や教育への負担の大きさ、結婚や家族に対する意識の変化、若者の失業など将来への不安など、子供を生み育てていく社会環境整備が不十分なことなどをあげている。
次代を担う子供たちを生み育てやすい環境を作るため、行政や企業、地域社会のすべてがサポートしていく環境を作ることが必要だと主張する。
そのための対策として、
・若者の就労支援
・育児休業など仕事と家庭の両立支援
・地域の子育て支援や住宅
・居住環境確保
など盛りだくさんの方針を提起している。現在、30歳前後の団塊ジュニアとその後の世代の出産に期待し人口減少を食い止めようとする姿勢である。
しかし、出生者を大幅に上回り始める死亡者の問題や、かりに出生率が増加に転じても、子供たちが成長し、生産や消費の担い手になるには10年、20年の時間を要するわけであり、今の少子・高齢
化対策は、人口減少社会への対策として当面の効果はあまり期待できそうにない。
また、出生率の上昇は実現できたとしても、子供を生むことのできる女性人口そのものが以前より大幅に減少していくので出生者数そのものを増加
させていくことにも大きな期待は持てそうにない。 つまり人口減少社会は回避しようのない問題となり、しかもそれは今後何十年も続くことがほぼ確実な社会現象だと認識しなければならない。
最終的に人口減少の影響はどうなるのだろうか。 人口減少は避けようもなく、すぐそこに迫った現実となっているが、人口減少社会の影響はなかなかイメージしづらい。
長期の時間軸でみると、日本全体の経済力の収縮は避けようがなさそうだ。労働力そのものが減少し、ノウハウの継承、伝承が難しくなるかもし
れない。
海外への進出に活路はあるが国内市場には大きな期待ができないのかもしれない。
この間、企業の体質強化は進んできた。経営統合が多くの業界で行なわれ調整も進んだ。業績も回復傾向にある。しかし、人口減少という環境を前に、再度の長期計画の見直しが必要になっているのではないだろうか。これまでの右肩上がりを前提とした環境認識から人口減少を前提とするスリム化とその中での特徴の発揮方法を中心に置いた業界ごと、企業後とのシナリオ作りが求められている。
※本提言論文は、「営業力開発」誌 2005・No187号(編集発行:日本マーケティング研究所 執筆担当:マーケティング・コミュニケーションズ)に掲載されております。掲載文は以下のU〜Wに続いております。
Uこれまでのマーケティング
1)人口増加時代のトレンド
2)住宅産業のケース
V人口減少社会への取り組み事例
1)人口減少市場へのさまざまなアプローチ
2)新しい存在、NPOの台頭
W消費者の意識、期待・・・・・消費者意識調査から
X考察人口減少時代への対応・・・・消費者との関係づくりと既存事業領域の活性化
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