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顧客仕様を超える商品戦略
 
 良い商品を生み出し続けるにはどうしたらよいのだろうか。日の目を見ないで消えていく商品を減らすにはどうしたらよいのだろうか。社内説明会で自信を持って提案するにはどうしたらよいのだろうか。
 ニーズの多様化のもとで膨れ上がった商品アイテムとブランドの整理が始まっている。その一方で将来の収益を確保する新市場創造型商品の開発も急がねばならない。

  今回は「顧客仕様を超える商品戦略」というテーマで、その切り口に迫っていく。
 顧客は不満を語る。不安も語るかもしれない。要望はそこらじゅうから上がってくる。
 しかしなかなかヒットは生まれないし続かない。顧客の心に"潜在化している不満"を読み取ることのなんと難しいことか。
 そして発見した潜在不満の解決技術を確立できるのだろうか。これをどのように生活者たる顧客へコミュニケーションしていくのか。その顧客とは一体誰なのか。新市場を育成する覚悟は出来たか…。

 曖昧な部分を削ぎ落として、ひとりひとりの顧客の生活実像に迫っていかねばならない。その顔を見届けねばならない。買い物は楽しいほうが良いはずだ。

 曖昧なものをリアリティあるもの=新商品に仕上げて高収益を持続しているケースを基礎に、いくつかの切り口を提案する。
 そのケースは"顧客と共に新市場を創造することができる"ことを示している。

 業界のシェア上位企業が創り出す次の収益市場=オンリーワン市場の世界である。

T.顧客第一時代の商品開発
 
■商品開発の課題

「良い商品が出ない。」「良い商品が連続しない。」「良い商品は出たが、それを売り切るチャネルが無い。」CS経営や顧客第一主義、マーケットインが叫ばれて久しい中で、予想以上に顧客にミートさせること難しい。
解決の鍵は「新しい市場区分の創造」である。新区分を発見する鋭敏な視点と、基幹技術を駆使した商品を導入する戦略的視点を検討する。

計画通りに導入する
 商品を生産する能力はメーカー本来のものである。すなわち「作れる」技術を持っているのである。そしてこの技術によって「作られた商品」は、華々しいキャンペーンの後押しを受けながら、従来からの「メインチャネル」を通して市場に送り込まれていく。メーカー主導の仕組みともいえる。現代の有力企業の多くは扱い商品や活動市場の違いはあるものの、ほぼ同様の仕組みを完成させてその市場地位を確立してきている。
しかしこの仕組みには、いくつかの問題が指摘されている。曰く定期的・固定的に決まったスケジュールで運用されるので、市場のタイミングに合わないこと。新商品の完成度が不十分であるにも関わらず、いつもの導入時期には導入されてしまうこと。など一度動き出した大きな仕組みは、細かいけれども重要な市場変化や顧客要望を押しつぶして回り続けるのである。

主導権の移動
一方では発信者不明で入ってくる要望に対応して、判断もそこそこに「作れる」技術がフル稼働、期中でも対応商品が乱発され市場をびっしりと埋め尽くしていく。一時的な出荷売上数字は作れても最終購買は保証されず、結果として商品体系は水ぶくれし、切るに切れない膨大なアイテムが市場に滞留し処分されるばかりとなってしまう。
メーカーの"勝手な思い込み"で「作られるモノ」は顧客と出会うことが出来ないのが現代である。
商品を作る主導権は顧客側に移動しているのであって、メーカーから顧客が離れていったというよりも、主導権の移動に気づかずに、自らが顧客の前から外れていったのである。
思い込みで設定された顧客像はもはや実像には遠い。メーカーが自らで生み出した都合の良い・実態のない・実在しないターゲットの幻である。「誰が自社商品を購入してくれているのか?」「誰が反復購買を中止しているのか?」「この商品は一体誰に使ってもらうのか?」との問いに、熱心に(熱い思い入れで)商品説明をするばかりで、顧客実態を語れない担当者は多い。

顧客の再定義
 顧客は一律のものではないという認識は、ニーズの多様化として語られやすい。そして多様化しているニーズにどう応えるかという、メーカー側の対応技術論にすり替わっていった。目前の顧客そのものの再定義が必要である。商品開発担当者が、市場の店頭で、自分のお金で担当商品を買うことのなんと少ないことか。そして販売不振報告に「最近の客は分かっていない。」と自らの優越感にすり替えてしまう。購買する顧客の気持ちとすれ違う恐ろしさを実感せねばならない。

顧客からの切り口
 顧客の自社認知状況を問題にする前に、メーカーの顧客認知が課題である。顧客の全生活理解と価値観(認知)、購入動機と阻害ポイント(判断)、購入方法と使用満足(行動)の捉え方が新商品の可能性を生み、新市場創造の切り口を見せる。
 競合との差別化が顧客からは同質化に見えてしまう現代、自社顧客の理解力向上とそれに応えるための経営資源の自在な組み合わせが不可欠である。
 常に新しい顧客が誕生している。既存顧客は常に一歩先を期待している。顧客を見失った企業の不祥事が続発する世紀末に、企業理念が問われている。リーダーへの権限委譲と迫真の実態情報を提供せねばならない。
新しい市場区分の創造を実現している先進企業に学ぶ。

■新しい価値への挑戦者

高収益を持続している企業には、良い商品を連続して出し続けられるいくつかのポイントがある。
積水ハウス、シマノ、トリンプ・インターナショナル・ジャパンの3社には、ヒットを連続させる仕組みがある。顧客からの要望をきちんと受け止めた上で、一歩先を行く新商品を開発しているこれら3社は、顧客を新しい価値へと導く挑戦者と見ることができる。
新大陸の方角を定める鋭敏は羅針盤を駆使し、有能な船長と優秀な船員と、最新鋭の情報で武装した船を操縦して新大陸に辿り着くためのポイントを整理する。
 
■積水ハウスのポイント

顧客とのつながり
着工数が減少する住宅産業界のトップ企業積水ハウスは、"攻めのCS"で顧客を捉えている。勝ち残りの目標を紹介率7割、シェア10%におき、99年6~9月の紹介キャンペーンで11万名のリストを集め、熟練度が必要な高級物件を"顧客と一緒に作り"「信頼と安心」「心のつながり」で収益向上を実現した。

顧客の資産を守る
「住宅のベンツに」「永く住み続けて下さる」ためカスタマーズセンターが活動し、リフォームセンターの物件は10年間保証で資産価値維持のサービスを提供している。
アパート"グランバリエ"は終の棲家を目指し、マンション"グランドメゾン"は戸建内装仕様で新鮮な空間価値を提供している。住宅の視点でなく"顧客の資産を守る"という視点こそ強さの源泉である。

生涯顧客化
競い合う設計部門、全国に出現する納得工房型の展示場、高度な仕様の高級住宅商品群、顧客と一緒に家を作るスタッフとして選ばれた5千名の営業マン、顧客資産維持と繋がり強化のための2千名のカスタマーズ要員、新人を教育するブラザーシステム(先輩と後輩の組合せ)など全経営活動から生まれる生涯顧客サービスに顧客は満足し紹介する。

■シマノのポイント

市場に語らせる
 堺の自転車部品メーカーのシマノは最高峰の欧州ロードレースに挑戦、"勝ちたい"というニーズに高度な冷間鍛造技術を注ぎ込み、緻密な製品の良さで認知されていった。
機能や売り方でなく、商品とブランドで欧州市場の扉を開いた鍵は、伝統市場に語らせることだった。

コンポーネンツの価値
 部品相互に緊密な関連をもつ自転車の性能は、部品のレベルとバランスに大きく左右される。シマノはこの連携性を究極まで強め他社部品の入り込む余地を無くしてしまった。使用者別×使用目的別で組み合わせられたコンポーネンツそのものが高級自転車の車格を主張する。完成車メーカーへの提案は商品説明でなく、顧客新市場を共に創造しようとする自転車文化提案にまで達している。

顧客のストレスフリー
 MTB市場の立役者はシマノである。山道を安心して走れるのも"ストレスフリー"思想から生まれた変速機やブレーキがあるからだ。誰もが趣味に浸れるのも煩わしい調整が無いからだ。今"コンフォート"提案が完成車メーカーに行われている。走り出しがいつも楽な自動変速機、危険な無灯火をなくす自動ライト、雨でも効くブレーキ等、新しい自転車がまもなく街を走り始める。

■トリンプのポイント

ファン客育成
 国内女性下着市場で第2位のトリンプは着実にシェアを拡大している。この市場の中心商品は年2回大々的に発売されるキャンペーンブラジャーで,トップのワコールとの戦いが全国で繰り広げられる。毎回新テーマを発表するトップのワコールに対し、ここ数年トリンプは"天使のブラ"シリーズを継続展開しファン客の育成に努めている。巧みなネーミングによる認知率アップにも繋がり、売れ行きも安定化している。

天使と恋
 2000年春、新カテゴリー"恋するブラ"を発売、2本目の柱を追加した。「家に帰ってすぐブラを外す女性が半数」という調査結果に基づいた「楽な着け心地」を提案、トライアル客と天使で拾えない客を獲得した。秋には"恋するヒップ"も加えて、購入アイテム数アップを狙う。顧客の生活場面の理解が生んだ展開である。

ショップ実売情報
 新規オープンの大型SCではトリンプの女性販売員が集中投入され、販売異常値を記録する。これが本部の目に止まり「トリンプは元気!」との印象を作っていく。また直営店からは,店頭ノウハウ開発と共に、貴重な購買情報が企画部門にもたらされている。

■商品開発力向上の鍵

3社のポイントを踏まえて、現代の商品開発力を向上させるための鍵を提案する。

迫真の顧客理解力
顧客はもはや販売対象ではなくメーカーに対して発注者の立場に変わりつつあるという認識を持たねばならない。顧客の中で商品は完成し、機能を試されて評価が確定していく。すなわち高度化した顧客にわざわざ購入していただきながら試用=使用モニターになっていただくという認識である。真に顧客側に立つことである。
顧客情報はあらゆる場面で収集が可能になっている。それらの情報は顧客の顔を色々な角度から眺めているとも言える。
重要なのは"顧客の顔を見ようとするか"という意思があるかないかである。「一体誰に使ってもらいたいのか」をはっきりさせる事なしに情報を扱っても実際の顧客にはならない。そのためには顧客一人一人の情報=素顔の情報をできるだけそのまま大切に扱うことである。そして企画開発者が直接この情報に触れて、初めて顧客情報は開発情報に変換されて取り込まれる。既にお客さま相談室に入るお客様の声を肉声のまま記録して、社内関与者が自由に自らの意思で聞ける仕組みが稼動している先進企業も出現している。
顧客はどうしたいのか、どうなりたいのかを読み取るためには、顧客のバックボーンである生活全体の理解が肝要である。こんなものだと諦めていることは多い。この"潜在化していている不満"に迫ろうとする姿勢作りである。

技術展開の独創性
 欧州で認知されたシマノは"ことばはひとつ、機能はひとつ"というこだわりで強固な市場の扉を開いた。独創性は他社に負けない基幹技術の地道な磨き上げから生まれる。これまで技術を一度大掃除して出来る事は何かを確認する。突飛な奇策では持続的な収益は確保し難く、きちんと顧客に約束=保証できる一本筋が通っていることが必要だ。
 更に、迫真の顧客理解力と独創の技術展開によって生み出す商品はいくつかの役割をもたねばならない。競合商品を撃破する役割を持つ商品、新しいチャネルを開拓する商品、新しい事業を開発する商品、そして新市場を創造する商品である。

実行の自在性
 顧客と独創技術をどのように出会わせるのか、どんな商品を作るか、機能はどうするか、売り方は…ここで問題になるのは、コンセプトを最終顧客までまっすぐに通していけるリーダー作りであり、様々なマーケティング上の意思決定権を大胆に委譲していけるかということである。従来の一本道を歩むような活動スタイルでは単なる延長であって、方向はあるが目標がフェードアウトしてしまう。これを別の道から眺めれば違う道が見え、到達点も明確になる。新市場創造=違う土俵へ行くというのは、分からないものへ向かうということで、大胆な発想の切り替えが要求される。また創造活動は育成活動でもあり、他社に対しては参入障壁作りでもある。
従って企画から生産、宣伝から導入・育成まで一貫した活動が社内的に保証されるリーダーと組織でなければ新市場創造という魅力あるテーマへの挑戦権は得られない。
また実行の自在性が実現性を伴ったものであり続けるには、推進組織に意思決定の場面で必要な情報を与え続ける情報環境の整備も重要なポイントである。

インタラクティブ
 140万戸の供給実績を持つ積水ハウスの営業は、顧客と一緒に家を作りあげ紹介率を7割にもっていく。
毎年一度に1万人以上のレース参加者(そのうち3割は新規参加者)を全国の自転車販売店経由で集め続けるシマノは、殆どの完成車メーカーに対して自転車を楽しむ顧客の世界を紹介して次の自転車カテゴリーを提案する。トリンプは顧客の声に耳を傾け、顧客の気持ちを代弁する"夢"コミュニケーションを通して新規顧客を獲得している。
一歩先の提案の基礎には顧客とのインタラクティブな関係が形成されている。そして新市場創造はメーカーだけではなく関与者全てが顧客に対して「今はこれですよ」「次はこれですよ」と語りかけ、顧客と共に育成・実現していくものである。

固定概念の打破
 変化をリードする経営条件として「組織的な破壊の必要性」を指摘したのはコトラーである。しかし実務家は別の言葉を使う。「大胆に市場を捨てる」と。捨てるためには次の市場を創らねばならないことを強く意識した言葉であり、先行者優位の障壁を技術的に確立して持続的な収益をあげていくための要諦である。
躊躇するベテランと暴走する若手の間にある企業固有の固定概念を打破せねばならない。

本提言は、季刊「営業力開発」誌 2000・秋号(編集発行:日本マーケティング研究所 執筆担当:マーケティング・コミュケーションズ)に掲載されております。掲載文は以下のU〜Wに続いております。

顧客仕様を超える商品戦略
T.顧客第一時代の商品開発
     商品開発の課題
     新しい価値への挑戦者
     商品開発力向上の鍵
U.発注者として登場する顧客
V.再構築される商品と顧客への届け方
W.拡張するコミュニケーション空間
ケーススタディ
  ■積水ハウス  ■シマノ  ■トリンプ・インターナショナル・ジャパン


本提言は、季刊「営業力開発」誌 2000・夏号(編集発行:日本マーケティング研究所 執筆担当:JMR生活総合研究所)に掲載されております。掲載文は以下のII〜Yに続いております。

T.e流通革命対応のメーカーチャネル戦略
U.EC市場規模
V.EC市場のリーダー交代
W.商品サービスへの波及条件
X.eチャネル化率
Y.メーカーのeチャネル化対応
−ケーススタディ−
■Kマート ■ オンライン・スーパー ■ ソニー ■ TSUTAYA



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