日本社会は、収入実態からみても意識からみても中流層が約9割と圧倒的多数を占める中流社会であることに何ら変わりはない。
同時に中流のなかの収入階層移動が見られる。消費者の価格への感度である予算制約は収入によって変わる。従って、選択される商品サービスの組合せが変化することになる。
こうした中、外食産業を中心に地域による価格差別化が注目されるなど、価格政策をめぐる動きが急である。液晶テレビなど情報家電製品の値引き競争は激しさを増すばかり。他方で、東京都心の高級ホテルの平均宿泊代は従来の5万円台から7万円台以上へとアップし、都心の百貨店は中高年向けの高額品で溢れている。低価格化と値下げ、高価格化と値上げが同時進行している。
この背景には、消費者の収入階層の変化と情報の価値ウェイトの高まりとがある。
今号は「次世代マーケティングの切り口」をテーマとして、「変わるマーケティングコミュニケーション」「新しい中流層」「独自化する地域のライフスタイル」の三つの論文で構成している。
第一論文では、お客さまと技術が変わっていくなかで、マーケティングコミュニケーションがどう変わっていくのかを展望する。
第二論文では、中流層が主役の市場の攻め方を論じる。結論は、中庸な商品サービスを中価格帯で攻めることではなく、顧客を価値価格感度で分けて異なった対応をすることである。
三つ目の論文は、地域による経済格差の拡大がもたらす、企業の戦略とマーケティングへのインパクトについて論じている。
次世代マーケティングは、情報のマーケティングと新しい中流層へのアプローチが鍵となる。
今後、消費者と企業を結ぶマーケティングコミュニケーションがどう変わっていくのか、ということについてお話してみたいと思います。
最初に結論を申しあげますと、これからお客さまとの間で一番重要になってくるのは、Web2.0やCGM(Consumer-Generated-Media)と総称されるようなコミュニケーションツールの活用以上に、消費者の企業の商品サービスへの「信頼」をどう醸成していくかということだと思います。
話の大きな筋は三つです。2006年はどんな市場トレンドがあったのか、そのうえで2007年の市場トレンドをどのように捉えたらいいのかを展望します。最後に、お客さまが変わっていく、技術が変わっていく中で、消費者と企業のインターフェイスであるマーケティングコミュニケーションがどうなっていくのかというお話をいたします。
2006年の市場トレンドということで三つあげます。まずは、昨年最も注目された「下流」です。下流、下層をテーマにした本もベストセラーになりました。よく言われる格差社会化です。収入格差、地域格差が広がり、その結果、若い人たちを中心として下流、下層という流れが大きなトレンドとして出てきた、というのがひとつです。
二番目は「オタク」です。オタクという消費購買行動に着目しておりました。元祖ブログの女王の眞鍋かをり、新ブログの女王と言われる中川翔子の「しょこたんブログ」がヒットしています。いろいろな雑誌の表紙にもなっており、女オタクといわれる方のブログで、今ナンバー2だと思います。女オタクの特徴は三つのロングだと言います。ひとつはロンリネス、いつも何か待ち焦がれているということ。ふたつめはロングヘア、三つめはロングスカート。ロングヘアなのはサロンに行くのがもったいない、その分マンガに投資できる。何故ロングスカートかというと、ジーンズはくほどファッションに関心がない。それが池袋の乙女ストリートを歩いている方々の特徴です。特に男オタクよりも女オタクのほうが注目されたと思います。
三番目にWeb2.0。そしてTIMEの表紙「It’s You」ということです。梅田望夫さんの「ウェブ進化論」は本当にお得な本です。梅田さんの功績は日本に「グーグル」を紹介し、そして見事に二分法で世界を分けてみせたということです。どう分けたかというと「あの世」と「この世」。グーグルはあの世にある、ソニーはこの世だと、そんな二分法論が非常に流行りました。
もうひとつ注目されたのは、梅田さんの本で紹介された「ベキ分布」と「ロングテール」という話です。
世の中の人の身長とか体重の分布というのは正規分布と言いまして、平均と分散でだいたい全体を把握することができます。身長の平均が170センチで標準偏差が10くらいだとすると、身長140センチから200センチの間にほとんど99.9%の人々が入るということです。
けれども、実は世の中そういう分布には従っていない、世の中は「ベキ分布」なんだというのが基本的なことです。
アマゾンのデータがあります。販売ランクの大きいもの順に左から並べていくと、左の10万冊に集中していて、それがずっと裾野の方の230万冊までいって初めて100%になる。そうしますと、10万冊ぐらいのところで全体の64%ぐらいの売上になり、残りの10万冊から230万冊で残りの4割弱の売上を作っているということになります。この長い裾野を商売の中にうまく取り入れたら成功するのだという話です(図表1)。
セブン‐イレブンは逆のことをやっていまして、いわゆる上位集中の商品だけを置いているわけです。菓子パンなどでいきますと、メーカーは毎週十数種類の新製品を投入しています。年間で膨大な新製品数になるわけです。それをどんどん早く回転させていって売上を上げています。それからコンビニエンスストアの一番大きな売上をかせいでいるのは、おにぎり売り場です。セブン‐イレブンのおにぎりはおいしい。毎週商品開発をしているからですが、売り場面積は10%しかない。そういうところに品揃えを集中している。集中していくことによって死に筋をどんどんカットしています。アマゾンのように在庫コストがゼロというわけにはいかないからです。膨大な在庫コストがかかるわけです。だいたい5,000点くらいの品揃えをしているのですが、5,000が限界なわけです。つまり「ベキ分布」と「ロングテール」をベースにしてアマゾンの逆をやっているのがコンビニエンスストアだということになります。
我々は、現実にはセブン‐イレブンの世界で生きているわけですけれども、「あの世」の世界、グーグルが主導する世界にネット社会がなっていった時に、ロングテールで売上を作るような世界になっていくのではないかというのがポイントであります。
最後にTIMEの表紙の「It’s You」です。これは毎年12月、小泉(純一郎元総理大臣)さんとかブッシュ大統領が出たりするのですが、2006年は表紙に銀紙が貼ってあり自分の顔が映るようになっていて、2006年のパーソン・オブ・ザ・イヤーはYouである、あなたなのだ、という表紙になったわけです。
では、2007年はどうなるのか、これからどう変わっていくのか。
出て行く人たちはOUT、入ってくる人たちはINというように説明しておりますが、こういうものがころころと変わっていくとは私どもは見ておりません。そういうものはどんどん積み重なって時代は変わっていくのだという認識を持っております。簡単にOUTとINというようにしておりますが、これは説明のためとご理解ください(図表2)。
新しい市場のトレンドは三つあります。下流に代わって、または下流が代わって何が出てくるかというと、成熟層が出てくるだろうということです。成熟層というのはいわゆる30代、40代、50代という層です。
20代ですと年収200万円台というのは2〜3割いて、年収としては低い層になってくるわけです。一方、例えば50代以上では、年金は支払った分ととんとんでお金が貰えます。それからリストラがほぼ終わってあと10年辛抱すれば退職金も貰えます。30代、40代で、子育てが一段落するとお金に少しゆとりが出てきて、それはどこで現れてくるかというと伊勢丹メンズ館です。今度、銀座三越が改装し(2006年9月)そこでも中心となるのはメンズ館です。対象は30代、40代、50代ということになります。
このように、下流に代わって成熟層が注目されます。これは背景がいくつかありますけれども、格差が起こるのは当たり前、という意識があります。「今後格差がますます広がっていく」と思っている人が82.6%と、ほとんどの方が「格差が広がっていく」と認識しています。そして、「格差が広がっていくのは仕方がない」と6割の方が思っているわけです(図表3、4)。
地域格差も広がってきます。「これからどうなる 47都道府県の経済天気図」(松田久一編著、洋泉社)という本を去年書きましたけれども、東京と沖縄では約2倍の賃金の差があります。同じセブン‐イレブンで働いても時給1,200円と700円の差があり、歴然としているわけです。そのように格差が広がっていくのは当たり前だということになります。
では、何が変わってきたかというと、村上ファンドやホリエモンの事件が起こりました。何か、新しい知識、インターネットとか学歴とか、そういうものが出世の、上に上がっていくための手がかりになるんじゃないかと思われていたわけですが、ふたつの事件の結果、むしろ家柄とか運、人脈・コネクション、こういうものが格差の要因なのだと人々は思い始めたわけです。それが人々の格差の受け止め方です。
別の角度からみると、成熟層のライフステージから支出する条件が生まれている。ライフステージによって支出はある程度決まってきます(図表5)若いうちは収入が少ないけれど支出が多い、借金してでも支出しようとするわけです。そして子育ての時期があり、その後収入の余った分で老後を過ごしていくという、ライフサイクル仮説というのがあります。それでいくと、子育てから子独立、つまり40代から50代のところで一番支出が多いわけです。従って、当然この人たちが消費をリードしていくということになって参ります。
世代的に言いますと36才から45才(図表6)、大学生の時にバブルを経験された方ということになります。一度バブルを体験するとやめられない消費好き、そういう人たちが消費をリードしているとみることもできます。これが一番目の消費トレンドということになります。
二番目はオタクに代わって、「趣味化」という消費スタイルに変わってきております。これは例をご紹介したいと思います。
まずオタクの例ですが、ナイキショップではなく1Kのアパートに約130足のスニーカーがあります。ある若者の個人宅です。凄い数のスニーカーをサランラップでくるんでコレクションしているわけです。ふたつめは、アメリカアニメオタクの人の自宅です。コンセプトはパープルです。壁、絨毯、布団は紫で統一されておりまして、壁に「X-MEN」がかかっています。「X-MEN」のフィギュアが壁全面に貼ってあるのです。これがオタクの特徴です。つまり一点豪華主義的オタクであります。
こういうオタクの世界に代わって、今30代、40代、50代の人たちがすすめている生活というのは徹底した「生活の趣味化」ということになります。一点豪華から、自分のテイストで全部揃えるという構造になっているわけです。
例えば家具は、Cassina(カッシーナ)で揃えようとか、ティーカップはWedgwood(ウエッジウッド)のPsyche(プシュケ)がいいとか、絨毯はペルシャ絨毯で、カーテンはFisba(フィスバ)というように、つまりトータルコーディネートが重要になってくる。一点豪華ではなく全部そのテイストで揃えていく、それが「生活の趣味化」です。オタクは一点豪華でひとつの世界の中にずっとのめり込むわけですけれども、趣味化というのは自分のテイストを商品カテゴリー横断的に広げていくということになります。
去年人気番組になったのでご覧になった方もいらっしゃると思いますが、阿部寛の「結婚できない男」(フジテレビ系・06年7月−9月期放送)の生活です。阿部ちゃん演じる桑野さんのマンションですが、全部凝っています。使われているリクライニングチェアが、Northern Comfort(ノーザン・コンフォート)のManjana(マニアーナ)、オーディオがONKYOのA-1VLとC-1VL、照明はFrank Lloyd Wrigh(t フランク・ロイド・ライト)。室内履きは有名なデッキシューズでベストヒットになったSina Cova(シナ・コバ)のデッキシューズ、それからボーダーのポロシャツがイタリアのC.P.Company。製図用品は、STAEDTLER(ステッドラー)というドイツ製の製図用具。カバンは日本製です。イタリア製ではないところが渋いところでして、日本製のCoperto Sapore / Black(コペルト・サポーレブラック)ということになります。上手くスタイリストが揃えていると思います。こんな風に全部桑野さんのテイストで揃えていっているわけです。一番のトップブランドではないのです。
椅子から衣食住いろいろな商品ジャンルを横にとりまして、縦軸に支出や関心度をとりますと(図表7)、オタクは一点集中で下方志向。下方志向とはどういうことかというと、みんなが恥ずかしいと思えば思うほど自分は嬉しいという消費なのです。オタクの人というのは、周りの人が、こんな物持って恥ずかしいなと思うことが自分にとって一番価値があるのです。それに対して趣味化というのは、全部に対して支出意欲・関心が高く、ポリシーがあって自分のスタイルを持っている。オタクと趣味化の違いというのは、ちょっとしたことのようで大きな違いなのですけれども、排除性ということです。嫌いなものは絶対に買わない、しない、身につけない、ということです。
これが日本の消費者。おそらく世界の中で1,500兆円の金融資産を持っていて、この高度な日本社会の中で暮らしておられる人たちが作り出した消費の最先端の部分というものであります。これが二番目に申しあげたい2007年のトレンド、消費者の特徴として捉えたらいいのではないかと思います。
三番目に、主役であったYouに対して、これから我々がトレンドとして捉えようとしているのはOnesということになります。
消費者にはふたつのタイプがあります。それはアクティブな方とパッシブな方です。何か情報に対して自分から積極的に取っていくという方がアクティブな方で、そういう方はどんどん発信していきます。もうひとつのタイプは、アメリカでは「Joe-6-pack」という言い方がありますけれども、ビール缶6本パックを持って帰ってきて、アメフトとかベースボールとかをビールを飲みながら観戦する生活、つまり受け身型の消費者です。この比重がたぶん3割と7割だと思います。この3割と7割の両方のお客さまがどうやって連携していて、どうやってお客さま説得をしていくかというのがこれからのマーケティングのポイントになっていくと思います。
そういう意味で、このYouに代わって何が重要かといいますと、私どもがひとつの仮説で考えておりますのは「ネットワーク」ということです。お客さまは1人じゃないということなのです。
お客さまは、自分の消費の満足度を最大化するために他者の影響を受けないというのが経済学の前提なのですが、実際起こっていることは、やはり見せたい、見せびらかしたいという気持ちがあり、他者の影響を多分に受けている。そうするとこれはOne to Oneではない、つまり、Youの時代からOnesの時代になってくるわけです。One to Oneではなくて、むしろOne to Onesだとお考えになったらいいのではないかと思います。
SaaSというのは「Vista」の次のコンセプトと言われているもので、Software as a Serviceということですが、ひとつのサービスとしてのソフトウエアということです。お客さまが欲しいソフトウエアはいろいろありますが、結論としましては、もっと高度な物が欲しい。どういうことかというと、米を買って家で炊いておにぎりを食べる人は少なくなったけれども、外で、コンビニでおにぎりを買って食べる人は増えているわけです。つまり米はサービスになっています。サービスになると物は売れていきます。物はサービスと統合されて初めてお客さまに受け入れられていくという時代になっております。これが三つめのトレンドとしてみなさんに申しあげたいOnesあるいはSaaSということであります。
2006年のヒット商品をここにあげております(図表8)。この中で一番重要なのはなんと言っても任天堂の「DS-Lite」です。今でもなかなか入手できません。これが手に入らないと私たちの子供たちは小学校では肩身が狭いのです。小学生が最近どんなふうに遊んでいるか観察しますと、3人か4人ぐらいで一所懸命「DS-Lite」を持って公園などに座り込んでゲームしています。どういうことかというと、これも排除性の論理ですが、「DS-Lite」がないと子供同士は遊べない。「DSLite」があるかないかで遊べるか遊べないか、仲間になれるかなれないかが決まってくるのです。任天堂も大変な商品を作ったわけです。持っていないと遊べないということを親がよく知っていますから、並ぶわけです。そして売り出したとたんに完売する。これを毎日毎日繰り返しているというのが今の任天堂「DS-Lite」、そして「Wii」の世界です。
このようにヒット商品を分析してみると、お客さまというのは1人じゃない。お客さまというのはどうもネットワークを形成しているようだというのが、私どもの研究でもわかって参りました。これは最近のネットワーク理論がベースになっていますが、ネットワークの類型です。つまり、メーカー、企業がいてひとりひとりのお客さまにひとつひとつ説得していくマス型のイメージを、マスネットワークというひとつのイメージとして持っているわけですが、実際はそうではありません。ネットワーク理論はどんどん発達しておりまして、少なくとも三つのネットワークの類型がありそうだということです(図表9)。
ひとつはランダムネットワーク。全くランダムなコミュニケーションが行われるネットワークです。多様で分散的な市場を意味しているわけです。
ふたつめは、スモールワールドネットワークというのがあります。水平的な関係でお客さま同士がワープするわけです。有名な「six degrees」(六次の隔たり)という法則があります。世界中にいる40数億人、世界中のどこの人たちとでも6人を介せば誰とでもつながっている、ということが実験で明らかにされています。世間は狭い、簡単に言いますと友達の友達は友達だというように、この世界はなっているということです。
それからスケールフリーネットワーク。これはいわゆる「しょこたんブログ」、一部のブログの人たちというのは、1人で圧倒的なコミュニケーション能力というのを持っています。だいたい平均すると友達の数は5、6人で、男になりますともっと少ないのですが、友達の数がとんでもなく多い人がいるのです。少数の人なのですがもの凄い数の友達を持っている、影響力を持っている人たちがいます。そういうところをぱっとつなぎますと商品がどっと広がるということです。
ヒット商品を調べていくとその広がり方にネットワーク上の特性があるということがわかってきました。そういう意味で、お客さまは1人じゃない、お客さまはネットワークを形成しているということです。
マーケティングという面で、2006年のトレンドを比較していきますと、OUTは下流、オタク、You、そしてINは、成熟層、趣味化、Onesということになります。そのうえでマーケティングコミュニケーションはどうなっていく必要があるのか、ということについて申しあげたいと思います。
※本提言論文は、「営業力開発」誌 2007・No196号(編集発行:日本マーケティング研究所 執筆担当:JMR生活総合研究所)へ掲載されています。
本稿は日本マーケティング研究所の代表取締役・松田による外部講演の講演録をもとに加筆修正したものであり、[消費者と企業のインターフェース]へと続きます。
また、誌面では以下の様な構成にて続いております。
U 新しい中流層
V 独自化する地域のライフスタイル、進む企業の戦略転換
|