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流通激変期のアクセスマーケティング

I.格差社会への大転換とマーケティングの進化

 企業は「消費不況」と「資本効率」という2つの課題に直面している。この2つの課題を克服するためにはこれまでのマーケティングを継承し、新たに進化させる必要がある。
 キーワードは「多様な格差社会」である。この多様な格差を切り口にして、いかに新しいマーケティングを推進していけるかが基本課題となる。

■消費不況の実相−消費格差

 景気回復、とくに消費回復の行方がみえない。ここ2〜3年の消費低迷の要因は「将来への不安」意識、消費マインド面が強かったが、昨年あたりから少し状況が変わってきている。収入減を背景とした消費不況である。企業のリストラや倒産などによって失業率は男性では過去最高の5%に達した。また、残業時間の減少により、勤労者の所得も減少傾向にある。
 消費不況は全体でみれば事実である。しかしミクロの現実は違う。6月に発売した大正製薬の発毛剤「リアップ」の初出荷分は1日で完売した。ソニーが6月1日午前9時からインターネットで売り出した25万円の犬のロボット「アイボ」は20分で完売した。こうした現象がミクロでは多くみられる。消費不況は全体平均の話であって、現実は格差が拡大しているのである。
図表1-1 購買力格差の拡大第1に収入格差がある。資本効率が重視されるなかで、多くの企業が年功序列から実力主義賃金体系への転換を進めている。この結果、収入格差は拡大していく。当社の調査では、1998年11月時点で収入増加層が53%、減少層が25%という結果が出ている。増加している人もいれば減少している人もいるという認識がまず必要である。  第2に資産格差がある。日本には1253兆円という膨大な資産がある。その大半を占める預貯金を年代別にみていくと、60代が平均で1874万、30代未満で252万と圧倒的な差がある。世代を中心とした大きな資産格差が存在する。
 こうした収入・資産格差が、購買意欲の格差をもたらす。当社調査では、全体としては節約層が67%と圧倒的多数を占めるものの積極消費層は14%存在しているのである。
 このように消費不況は、全体平均でみるとそうであるが、内容は個人間あるいは家庭間の購買力、消費格差が拡大していることみることが重要なのである。


■多様な格差社会化−「俵型おにぎり社会」から「八ヶ岳社会」へ

 日本社会は、上と下とが非常に近くて真ん中が大きい、という「俵型おにぎり」の社会になっている。しかしながら、消費格差、企業格差は多様な格差を生み出す。多くの生活者が良い大学に入り、結婚して、子供ができて、家を買うという平均的なライフサイクルを過ごすと言うことは、もはやあり得ない。
 多様な格差を生み出す源泉は、つぎの5つである。
 第1に実力主義による収入格差、第2に世代を中心とする資産格差がある。この2つはさきに確認した。
 第3に地域格差がある。東北地方には電子産業、半導体組立工場は九州というように産業は地域別に集中している。産業により成長率は異なり、地域の格差も拡大する。  第4に情報格差がある。インターネットで自由にアクセスでき、いろんな情報を得られる人とそうでない人との格差は拡大していかざるを得ない。
 そして、第5にライフステージの選択肢の拡大がある。就職、結婚、子育てといったライフステージの選択は、今までの平均的生活スタイルだけではすまない。選択肢が自由に拡大できるようになってきている。
図表1-2「俵型おにぎり社会」から「八ヶ岳社会」への転換こうした格差や選択肢の拡大によって、日本社会は、おそらく「八ヶ岳」のような底辺と頂点がいくつもある山塊のような社会になるのと考えられる。  低迷する地域経済を活性化させていこうとする「郷土愛」にこだわった生き方が全国で生まれている。「パラサイトシングル」という結婚するより母親に面倒をみてもらって自宅でいた方が楽な生活をできる、という寄生単身者という生き方もある。あるいは、定年して「帰農」する人達も増えつつある。さらに、土日だけ一緒に過ごす「週末婚」というドラマにあるように新しい結婚の仕方が提案されたりしている。
 いろいろな意味でピラミッドがいくつもできる、多様な格差を生み出す社会になる。当社の価値観分析では、現在のトレンドは、実力主義というのが勝ち組のバックボーンとなっている価値観である。そして真面目にコツコツやるしかないというのが中心となっている。これから確実に出てくるのが負け組の価値観である。そして実力主義のなかでそれぞれが頂点を目指していくというように、俵型おにぎり社会から八ヶ岳社会に転換していくという認識が必要である。
 俵型おにぎりのなかでは、微差にこだわる内部多様性が増大していたのであって、ここでのセグメントは仮想セグメントであった。多様な格差社会化は、外部多様性を増大させる。平均的ライフサイクルは崩壊し、多様な生活スタイルがでてくる。この時に初めてリアルセグメントということが可能になってくる。


■資本効率−企業間格差の拡大

日本企業は、キャッシュフローやROEに代表される資本効率というもうひとつの課題に直面している。リストラをやるにはコストがかかる。また情報化投資などコスト競争のための新たな投資が必要になる。これからの企業は投資競争に備えて資本調達をしていくために、内部的にはキャッシュフロー、外部資金調達のためには株価を意識した経営をしていく必要がある。この結果、企業の業績格差は、これまで以上に拡大していく。
 住宅産業は最近活性化しているがシェアを拡大しているのは積水ハウスのみと言われている。業績を伸ばしているのは、ウイスキー市場ではサントリー、自動車ではトヨタ、家電市場ではソニーと松下と、企業間格差が明確になっている。
これからの日本経済の回復は、全体が良くなるという一律回復ではなく、格差を生むことによって消費や景気が回復していくという、格差回復という形しかあり得ない。その結果生まれてくるのは、八ヶ岳社会、多様な格差社会であるという時代認識が必要である。

■市場多様性への対応
   −アクセスマーケティング

 こうした新しい社会にあって市場多様性の増大という新しい経済法則が生まれている。多様性拡大によって効率を上げるというのが、企業が、生き残っていくための中心的な命題になっている。
工業経済の時代、生産と消費は分離し、付加価値の源泉は川上、川下の垂直ネットワークをいかに形成するかにあった。
ネット経済では、生産と消費が乖離するのではなく、デジタル情報通信を通じてネットワーク化されていく。付加価値は製造ネットワークと顧客ネットワークを結ぶプラットフォーム企業が握る。マイクロソフトのOS事業がその典型である。
多様性拡大による効率アップをネット経済下における付加価値というものをふまえて考えると、4つのマーケティングが進化していく必要がある。

(1) セグメンテーション
 多様な顧客を、他社では捉えられないセグメントによって効率を上げることこと
(2) アクセス
 多様な生活スタイル、セグメントにあわせた取引ネットワークの拡大と多様化をすすめること
(3) マルチブランド
 製品を多様化させながら同時にブランドを活かすマルチブランド戦略を確立すること
(4) スピード
 情報活用能力を上げ、小単位組織や外部組織の優位性をうまく活用し、経営スピードを上げること


II.「だんご流通」から「階層ネットワーク」への転換


■流通の階層ネットワーク化

多様な格差社会化は、「アクセス」の格差を生み出す。商品サービスとの出会いが圧倒的に拡大し、多様化してくるのである。
商品サービスとの出会い方は、居住地域と情報ソースによって大きく変わる。東京の郊外では、駅前商店街と郊外ロードサイド店が買物の中心となる。ところが都心では、深夜営業のスーパーがあり、CVSが20〜30mおきにあり、購買環境が変わってくる。買い回り品も都心の店舗が中心となる。情報入手という面でみると、インターネットで情報を得るようになると新聞がいらなくなる。
パッケージメディアとインターネットと都心型店舗を中心として都心アクセスはできている。
このように、居住地域と情報入手スタイルによってアクセスは異なり、格差が拡がってくる。多様な格差社会化の進展により、これまでとは圧倒的に異なるアクセス格差が生まれてくるのである。

図表2-1「だんご流通」から「階層ネットワーク」への転換

日本の流通構造は、俵型おにぎりに対応する形で「だんご流通」を形成している。このなかで、買物コスト(時間と手間)の削減を、ワンストップショッピング性、効率的オペレーションによってすすめた業態・組織小売業が、業種小売業のシェアを浸食してきたのが、これまでの流通変化の基本トレンドである。
八ヶ岳社会、多様な格差社会によるアクセス格差は、流通の階層ネットワーク化への転換を促進する。
流通変革のエネルギーは、生活スタイルと資本効率の2つがある。これまでの流通変革は資本効率を中心とするものであったが、多様な格差社会化は、生活スタイルをベースとする流通変革への移行をもたらす。
収入格差に対応した本格的なプレステージ流通やディスカウントストア、エリア格差に対応した都市型業態、地方型業態、情報格差に対応したインターネットを中心とするデジタル流通など、生活スタイル格差に対応した階層化、新たな顧客ネットワークが進展する。「だんご流通」から「階層ネットワーク」への転換である。
現在でも、
・シェア集中化
・ 多重化
・ 中抜き化
・ 中間付加価値化
といった新しい変化トレンドが生まれている。
これらは、単純な小売業の業態再編というレベルだけではなく、メーカー−卸−小売−生活者という垂直ネットワーク、メーカー間、サービス産業を含む流通業者間の水平的ネットワークを含めた顧客ネットワーク構造が、格差に対応して階層的にネットワーク化されていくと認識することが必要である。

本提言は、季刊「営業力開発」誌‘99・夏号(編集発行:日本マーケティング研究所 執筆担当:JMR生活総合研究所)に掲載されております。掲載文は以下のV〜Yに続いております。

 III.流通の階層ネットワーク化へのトレンド
 IV.アクセスの拡大と多様化
 V .格差市場下のアクセスマーケティング
 VI.ケーススタディ(日本IBM ソニーマーケティング 三和銀行 味の素 トヨタ自動車)


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