「広告批評」2008年4月号の巻末に、約30年続いた同誌が2009年4月号をもって休刊することが発表された。1979年創刊のこの雑誌は広告クリエーター向けの雑誌と位置づけられているが、もっと幅広い層から支持を集めていた。
休刊の理由は「マスメディア一辺倒の時代からウェブとの連携時代へ、ふたたび大きな転形期を迎えています」と述べている。そして「マスメディア広告と一緒に歩き続けてきた小誌としては、このへんでひとつの区切りをつけたいと考えました」と続く。
まさに、今、我々はそのような時代のマーケティング活動を求められている。
この流れはいつ始まったことなのか。
ここで広告費と実質GDP(経済成長)の比較をしてみよう。1981年を100とし指数の推移を見ると、GDPは90年代後半を除けば基本的には堅調に右肩上がりに推移をしている。
これとテレビ・ラジオ・新聞・雑誌の4マス媒体別広告費の指数を重ね見ると、以前は広告費とGDPが連動する傾向がみられた。が、2000年を境にGDPの推移と連動しなくなっている。経済的には“いざなみ景気”と区分される時期であるにもかかわらず、マス4媒体の広告費は全般的に下がっているは。
この変化をもたらしたものは、ひとつは90年代後半に起きたバブルの崩壊。広告に対し、費用対効果や効果測定が求められ、広告出稿に対するハードルがあがったと推測できる。
そしてもうひとつは2000年以降のインターネット環境の変化、ブロードバンドの普及である。
発信する企業側からのインターネットの活用度も大幅に向上したが、受け手である消費者も情報を検索し、比較することが容易になった。これにより購買行動が大きく変わったことは言うまでもない。
ここで言いたいことは、マス4媒体の代わりにインターネットを使って広告活動を行えばいいということではない。マスメディアを使った広告の役割が低下してきた時代に、新たにどうやって“わが社の・わが商品の・わがサービスのお客様”になっていただくか、ということだ。
そのために、マスという概念ではなく、ターゲットとなるお客様を定めること、それに伴い提供する情報の内容から提供方法などを絞ることがお客様に近づく策と考えられる。これから、そうしたお客様に近づくための、メーカーのプロモーション活動を中心とした事例を、紹介させていただく。
本題に入る前に、視点を変え、流通の取り組みについて触れてみたい。
流通業界では2000年を境に大きな変化がもたらされている。それは大店法(大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律)の撤廃と大店立地法(大規模小売店舗立地法)のスタートである。規制が厳しかった大店法に比べ、大店立地法は基本的には届け出をすることで自由に出店が可能となり、大型ショッピングセンター(SC)が続々と誕生することになる。結果、SCは2極化し、強大化する一方で、「ライフスタイルセンター」というスタイルのSCが話題を集めることとなる。
ここで触れておきたいのは、それまでのSCは広い敷地面積を「品揃え」でカバーしようとする傾向が見られたが、ライフスタイルセンターは、お客様の生活そのものに着目し、そこに視点を定めた「アソートメント」に基づいて売場をつくったということだ。
今では食品スーパーに至るまでアソートメントは浸透しているが、この時期に流通業にもお客様の生活に近づくための変化が見られた。
今回、流通業の決算についてのまとめも行っているが、ライフスタイルアソートメント型でミールソリューションに早くから取り組んでいるヤオコーは、20年連続の増収増益となっていることはここでも触れておきたい。
ヤオコーは「生活者の日常の消費生活をより豊かにすることによって、地域文化の向上・発展に寄与する」ことを基本理念としており、「地域のお客さまの食卓を日本一豊かにする」ことを目指している。詳しくは別章で触れるが、食品スーパーであれば当然であろうが、ターゲットを「地域の」お客様に絞って真剣にその「生活」を見つめていることが、この企業の強みではないだろうか。
それでは改めて最近のプロモーション動向を見てみると、お客様へ近づくための手法の変化が見られる。
それが最も端的にあらわれているのがサンプリングではないだろうか。
過去におけるサンプリングは、数多くサンプルを配布することを重視していた。しかしそれでは効率が悪いことから、最近のサンプリングはターゲットサンプリングという形に変わってきており、サンプルの使用率を高め、購入に結び付けるよう、ターゲットがいる配布場所や時間に絞ってサンプリングを実施し、効果を高めている。
意外な場所でのサンプリング自体が話題となるケースも見られる(詳細は「ターゲットを絞ったサンプリングの事例」参照)。
「幼稚園」「学校」を基盤に、教育的観点を絡めた経験型サンプリングも増えている。
ライオンの「キレイキレイ」は「バイ菌と戦うプロジェクト」を実施、幼稚園児の手洗い・うがい習慣化を応援している。このプロジェクトに参加を希望した幼稚園には、ポスターと専用シール、キレイキレイの手洗い用せっけんとうがい薬が配布され、園内での手洗いなどの慣行後自宅での実践を促すところまでがパッケージ化されている。
ターゲットが共通した企業同士、またターゲットや商品を補完し合える企業同士による、共同販促も活発になっている。共同販促により、自社だけでは獲得できなかった集客や売場の確保、拡大及びお客様へのプレゼンテーションが可能になった。
複数企業でのダイナミックな動きも出ている。コカコーラは外食17社と共同販促を実施。「コラボの宝箱」と称されるフランフランは異業種との商品開発や売場づくりを行って、集客効果を上げている。
全国一律ではなく、地域化も進んでいる。TVCM、販促、商品化と、多面的な地域カスタマイズが盛んに行われ、お客様の支持を集めようとしている。地域にあわせた商品化は、各地の嗜好に合わせつくられる食品の分野にとどまらず、香水や肌着といったカテゴリーにまで及んでいる。
また街の特徴にあわせた地域限定販促も始まっている。母の日に、赤いカーネーションと赤いパッケージのガーナをプレゼントする企画をTVCMでも流しているロッテは、若いお母さんに人気の高級子供服ショップが集まっている代官山だけでプロモーションを行った。
当然のことながら、売場の重要性は高まっているが、そこでも誰に、何を伝えるかが重要なのは言うまでもない。
アップルやボーズのように、家電量販店内で自社の世界観を築く例も見られる。また、「命の母」はパッケージを刷新し、更年期障害に絞って悩める女性に向けた店頭づくりを行い、女性保健薬市場を活性化させた。
従来の商品メッセージを見直し、商品の本質を的確に伝えることで、それまで関心を得られなかったお客様に理解、共感してもらい、拡販につなげている事例も見られる。
食器洗い洗浄機を買うと家事を手抜きしていると思われると購入を控えていた主婦に、除菌効果による安全面と、時間が空くことで子供と一緒に過ごす時間が持てると訴えかけたパナソニックは、子育て家電という新カテゴリーを生み出した。
従来の小売店ルートだけではなく、商品の特徴を活かした新チャネルに参入を開始する企業が目立つ。ターゲットが共通する、取引のない業態の売場で関連販売をスタートさせるパターン、病院や高齢者施設、オフィスなど、質の揃った集団を狙うパターン、業務用を開拓し販路を広がるパターンなどがあげられる。
玩具メーカーは大人向けの楽器玩具を百貨店の紳士服売場や大型書店などで販売し、伊藤園はエビアンの販売権を獲得し、業務用の販路開拓を目論んでいる。
SNSや会員制サイトを利用した商品開発も、ターゲットとなるお客様の意見を反映しやすい手法である。商品開発過程を随時発信したり、店頭プロモーションに活用したりするなど、活用方法も多様化している。
カルピスはmixi会員と商品の共同開発を実施、ハインツはさかさケチャップの消費者CMを募集するサイトを使い、商品の特徴を広めた。
こうした事例をあげると枚挙がないが、「誰に」届けたいかが絞り込まれていると、プロモーションのプランニングは研ぎ澄まされていくようだ。
こうした動向のなかから、特に注目していただきたい事例を次々ページから取り上げている。どの事例もターゲットとなるお客様との出い合いの場を設計することと、その場にふさわしい情報を提供することを重視している。
webを活用したケースでは、日本最大級のポータルサイトを持つコカコーラを取り上げている。同社のポータルサイトは既に「メディア化」し始めている。それを活用したコラボキャンペーンも実施されているが、それは“生態系”を意味する「エコ・システム」キャンペーンと呼ばれており、異業種間で影響を与えながら市場を拡大するこの新しいWIN-WINモデルは、今後ますます注目される可能性を持っている。
地域化としては、キリンビールの地域密着型のプロモーション活動を紹介している。
同社の場合、プロモーション活動というより営業活動そのものとなっている。「ある地域が抱えている問題をキリンの資産を使って解決」することで地域と密接な関係を築いてきた。さらに食やスポーツという商圏顧客の関心事を支援する本部企画にも地域の特色を反映させ、「買い場」から「飲み場」まで、多面的にキリンブランドとの接触や愛着を高めている。
同じ酒類メーカーでも、サントリーは、サントリーらしい方法でお客様にアプローチをしている。サントリーは日本人には馴染みのなかったウィスキーを、料飲店で飲み方提案しながら普及させたパイオニアだ。今回もウィスキー復活に向けおいしい飲み方提案を実施しているが、特に量販店チャネルでの取り組みに注目したい。ロングセラーブランドでありながら、エントリーユーザーが関心を持つような売場づくりやキャンペーンを実施し、愛飲者を増やしている。
訴求内容を見直した事例として、ヤクルトと花王を取り上げた。どちらも伝えるべき情報を時流にあわせて絞った事例だ。
ヤクルトでは、お客様に訴求すべき情報を「L.カゼイ・シロタ株」という言葉に託し、お客様にヤクルト本来の価値を理解してもらう努力を続け、売上を回復させた。一方、社内でも言葉の「単純化」を行い、訴求の統一を図っていた。社内での方向性が食い違いを防ぎ、消費者に訴えるべきことを曖昧にしない工夫として参考になる。
モノが売れないといわれる時代でも、お客様を引き寄せる企業努力には学ぶところが多い。
※本提言「脱マスメディア時代のお客様へのアプローチ」は、「営業力開発」誌 2009・No203号(編集発行:日本マーケティング研究所 執筆担当:チャネルマネジメント)へ掲載されています。
誌面では以下の様な構成で続いております。
「脱マスメディア時代のお客様へのアプローチ」
T、WEBによる顧客コミュニケーション戦略
U、キリンビールの地域密着型プロモーション開発
V、「古いものが新しい」再活性化の新訴求
W、不況に打勝つ「価値訴求」
X、実現力向上・「日常の革新」を迫る小売業
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