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デフレ市場下で、これまでの主流的なマス宣伝と店頭での大量陳列によるプロモーションは勢いを失いつつある。現場のマーケターの間では「マス広告が効かない」という認識は半ば常識化しつつある。他方で、有効性が注目されている「情報的プロモーション手法」は実践が先行し理論化や有効性の検証は行われていない。マス広告が有効性を失っているのは、本来、ひとつの複合製品である製品と情報がメディアの多様化によってアンバンドリングされ、主にマスメディア特性からくる制約によって消費者に提供される情報の「質」が消費者の求める情報と乖離していることによる。製品サービス需要を増大させる情報は、製品サービスに付属する使い方や用途などの、情報消費社会で過少とならざるを得ない生活の知恵や知識に分類される「プログラム」的な情報である。しかしながら、このような情報は、誰もがアクセスできる公共的情報であり、消費者にとって価値ある情報であるにもかかわらず、売り手が買い手を識別できないという情報非対称性の市場下では、フリーライダー問題によって企業収益の専有化に結びつけることが容易ではない。しかし、フリーライダー問題はうまい制度設計によって回避可能であり、企業は差異的な情報を提供することによって、物的製品を差別化し販売することができる。情報の生産と提供による差別化の鍵はネットコミュニティの形成にある。情報的プロモーションは万能ではないが、説得的プロモーションと市場競争条件によってうまくミックスさせることによってより戦略的な効果を得ることができる。
 一般に、特許などの知識を除いて情報によって企業は差別化できないと思われている。この論文は、情報消費社会においては情報こそ差別化の源泉であり、また、差別化は可能であることを主張する。



 企業の収益を最大化する差別化戦略の鍵は、様々な非価格マーケティングである。需要の広告弾力性が低下しているならば、宣伝広告効果をあげるしかない。つまり、「効く」広告をうたねばならない。そのためにはどのような広告をうてばよいのだろうか。
 広告とは、販売する製品サービスに関する情報を提供することであり、物的製品を情報とともに「単一価格」で販売し、物的製品と情報とが補完関係(complementary)にある「複合財(a joint product)」である@。つまり、消費者は物的製品に対価支払うことによって情報も含めて購入していることになる。さらに、物的製品と情報が補完関係にあることによって、広告による情報提供は需要関数のパラメーターに作用して当該製品需要に影響を与えるA。実際には、売上に占める広告宣伝費率からみれば、消費者は一製品当たり約1〜25%程度の対価を支払っていることになる。約100万円の車を購入するとおよそ1万円以上の広告の「情報代」を支払っている。
 産業組織論の伝統的な議論では、広告は「説得的広告(Persuasive Advertising)」と「情報的広告(Informative Advertising)」の二区分、あるいは二側面として捉えられる。説得的広告は当該製品サービスのイメージや好意を高める情報提供とされ、情報的広告とは製品の特徴、属性、使い方、価格や取扱店などの基礎的な情報を提供するものである。つまり、機能に関して情報提供という共通性を持つが、提供される情報の「質」で区別されることになる。
 ここでは、広告だけでなくプロモーション全般を含めて、「説得的プロモーション」と「情報的プロモーション」と呼ぶことにする。

企業が宣伝広告費を絞り込み、実務家が「マス広告が効かない」と指摘するのは、言うまでもなく、説得的広告あるいはプロモーションのことである。さらに、実際に企業の宣伝広告費の大半を占めているのはマスメディアを利用した説得的広告である。他方、企業の情報提供広告及びプロモーションは飛躍的に増え成果をあげている。営業を通じた店頭での情報発信、インターネットを通じた情報提供などである。また、直接的な売り手ではないマスコミなどの「第三者」の情報提供が企業に「売れる」結果をもたらしている。「売れない広告」とは対照的である。しかし、情報的プロモーションの費用や効果も知られていないばかりでなく、理論的な検討もほとんどなされていない。
 情報提供的プロモーションの成果は、店頭でのメニュー提案を続けている食品企業の持続的な成功や情報系テレビ番組によって生み出されるヒット商品にうかがうことができる。「老化予防効果のあるブロッコリー」、「骨密度アップ効果のあるビールやバナナ」、「コレステロール値の抑制効果のあるアロエ」、「整腸作用があるキウイ」などと枚挙に暇がない。また、テレビのニュース報道によって注目された「デパ地下」ブームも情報提供が売れる結果をもたらしている典型例だろう。
 「売れない広告」と「売れる情報」の差はどこにあるのだろうか。情報提供を伝達メッセージと伝達メディアの二分法で比較検討してみると、差は明らかに、伝達メディアの種類ではなく、情報の「質」、つまり情報メッセージに依存していることは言うまでもない。「売れない広告」、あるいは「効かないマス広告」とは、ブランド連呼やイメージ訴求のような情報をマスメディアを通じて提供するような説得的プロモーション手法は効かない、と言うことである。「売れる情報」とは、インターネットや営業活動を通じて店頭などで食品企業のメニュー提案に代表される情報提供的プロモーションである、という含意である。
 差別化戦略の成否の鍵を握る需要の広告弾力性に対応するためには、説得的プロモーションから情報的プロモーションへと転換する必要がある。それが現場感覚の帰結である。
 れる情報メッセージとは、製品の特徴、属性、使い方、価格や取扱店などの基礎的な情報であり、消費者から見れば、製品サービスを購入するのに必要な情報であり、生活に必要な情報である。なぜ、このような情報メッセージが売れる情報になるのかを検討してみる。



 移動のために車を運転し、ガソリンが必要ならば、ガソリンを購入する。ガソリン製品について必要な情報は、せいぜい「レギュラーか、ハイオクか」の区別と価格情報だけである。よほどの消費者でない限り、成分、精製方法や原油国についての情報が必要であるという人はいない。従って、ガソリンを売るスタンドの競争も、スタンドのカラーや人的サービスで差別化されることになる。消費者は、車を運転するにはガソリンが必要だということさえ知っていれば価格を手掛りにガソリンを購入できる。
 ところが、価格情報だけで購入できるガソリンのような製品は稀であり、他のほとんどの製品はこのような単純な情報処理ではすまない。消費者が合理的に行動しようとするならば、自分の目的を設定し、さらに、それを達成するために、階層的に目的と手段を対応させ最終的にひとつのブランドを選択しなければならない。売れている情報とは、この選択に役に立つ基礎的な製品に関する情報を、「面白く」、「やさしく」伝達することである。テレビの情報系番組が人気を博しているのは、こうした情報が過少であることを示している。過少な情報が物的製品に付加されることによって、複合財としての製品は売れている。
 それでは、具体的に、どんな情報が過少であり、どんな情報を消費者に提供すればよいのだろうか。これを検討するには、「情報とは何か」という難問に逢着せざるを得ない。
「デジタル化されるもの」(H.ヴァリアン)と操作的にみなしておくか、もっとも広義に「物質−エネルギーの時間的−空間的、または定性的−定量的パターン」とN.ウィナーのように世界観的に捉えるか、「差異の知らせ」(G.ベイトソン)のように文化的に捉えておくかなどのヴァリエーションがあるが、ここでは、物的製品と補完関係にあり経済的取引に利用され、「不確実性を減少させるもの」と定義しておくことにするB。
 こうした観点から情報を「質」的に分類することができる。この分類に従えば、情報的プロモーションでの発信情報は、生活の様々な「問題解決」のための「体系的な知識」としての「プログラム」情報として把握できる。他方で、説得的プロモーションで提供される情報は、「断片的」な「データ」情報と捉えることができる。なぜなら、情報的プロモーションではふだんの食事の問題解決としてのメニュー提案が主内容であり、自社のブランドの認知やイメージは副次的になるのに対し、説得型プロモーションでは提供情報の優先順位が対称的な位置づけになる。
 一般的には、消費者の意思決定の過程をコンピュータの情報処理過程として捉えると、人々は生活の様々な問題を処理するために「生活の知恵や知識」などの体系的なプログラムを持ち、データをもとに消費過程や労働過程などで生じる個別問題を処理しながらプログラムの処理目的である「生き甲斐」を探索し、達成しようとしていると考えることができる。
 生活者は、求めて求め得ぬ生き甲斐を模索しながら、生活に必要な「体系的知識」にもとづいて、製品サービスの断片的なデータをもとに個別の製品サービスを選択している。製品サービスを選択するにはこうした付帯的なプログラム情報が不可欠である。売れる情報として注目されるのは、製品サービスに付帯する生活の知恵や知識としての情報提供である。
 例えば、次のような事例を考えることができる。食品売場でのメニュー提案は、メニューという付帯的で体系的なプログラム情報を提供し、そのメニューに利用される製品カテゴリー内の自社ブランドの選択を促進している。スーパーの肉売場で、「肉の特売の日に」「暑い日には冷しゃぶ」とPOPを利用して、「冷しゃぶのたれ」を販売するとする。この情報は、日々のメニュー選択に苦労している主婦にとっては「価値ある情報」である。メニューの選択肢が絞られるからである。情報を得る前と得た後のメニュー選択の不確実性は低下している。しかし、「すき焼き」を予定していた主婦にとっては、メニューの不確実性を増加させ、この情報は、「余計なお世話」、すなわち、マイナス価値を持つかもしれないということも付け加えておく。しかし、実際には余計なお世話は極めて少数である。
 消費者にとって過少な情報とは、@製品に付帯し、A製品と補完関係にあり、B生活の知恵や知識としてのプログラム情報であり、C選択の不確実性を減少させる情報であり、D生活の問題を解決してく れる情報である。この5条件を満たしている情報が売れる情報メッセージである。
 なぜ、このような情報提供が製品サービスの販売に必要条件になってきたのだろうか。余計なお世話が必要なお世話になった三つの理由が考えられる。
 第一は、生活の「目的−手段」関係の幾何級数的な多様化による選択の不確実性の高まりがある。生活に必要な製品サービスは年々増加を続けている。GMSと呼ばれる大型スーパーでの品揃え数は約2万、コンビニエンスストアで約3,000品目と言われる。我々の食生活を支えるメーカーは約20万社存在する。生理的に必要な「空腹を満たす」や「喉の渇きを潤す」という単純な目的を達成する製品サービスの手段は膨大である。また、多様化に拍車をかけるように購入場所である流通業態の多様化も進んでいる。伝統的な業種小売業に加え、組織小売業である百貨店、GMS、コンビニエンスストアや専門店が業態内での個別化を進めている。百貨店の時計売場は約20箇所にまで増えている。こうした幾何級数的な多様性の増大が、選択の不確実性を増大させている。つまり、いくらデータ情報が増えても処理できない。
 第二に、情報サーチ(探索)コストが増大していることである。消費者が購入できる商品サービスの選択肢が増え、購入できる店舗の数も増えている。何をどこで購入するかを決定するのに必要な選択肢が増えているだけでなく、それをサーチする手段も増えている。端的にインターネットの普及はそれに拍車をかけている。他方で、サーチにかかるコストも増えている。平均年収500万円の生活者の1時間当り機会コストは約2,600円である。つまり、同一製品サービスの選択に1時間のサーチコストをかけるメリットのある製品サービスは約2,600円以上の価格の差あるいは価値の差のあるものに限られる。つまり、単なるデータ情報の提供はサーチコストを高めるだけであるC。
 第三に、生活していくための「知恵」、「知識」や「ソフト」などのプログラム情報が社会的に広範に失われていることである。歴史的に蓄積されてきた知恵を保存する家庭や地域共同体が知識の保存機能を持ち得なくなったからである。例えば、コンビニエンスストアで購入される代表的な商品に「おにぎり」と「お茶」がある。コンビニエンスストアが本格的に登場する1970年代以前に、「おにぎり」と「お茶」が経済取引の対象となることなど誰が想像しただろうか。一個当たり100円から150円のコストで、コンビニエンスストアで販売される「おにぎり」よりも安くて美味いおにぎりを作ることはもはや不可能である。米、具、のり、光熱費、手間賃を加えると一個約650円になる。機会費用としての手間賃で、勝てない。「お茶」も同様である。これでは親が子に伝承すべき「おにぎり」の知恵は伝えるに値しない情報になってしまう。食生活だけを考えても、家庭で保存されてきた生活の知恵やノウハウはどんどん失われている。「旬の魚をおろす」、「旬の魚を焼く」、「旬の野菜を煮る」などの「季節を少し先取りした健康な食生活」の知恵を知識として保存している消費者はどの程度いるのだろうか。そもそも食品スーパーのフルーツ売場以外で季節を感じることのできる消費者はどの程度いるのだろうか。家庭内での生活の知恵の親から子への伝承はまったく行われなくなったと言っても過言ではない。「家事の外部化」は、同時に「生活の知恵と知識の外部化」をもたらしているのである。
 消費社会においては、物的製品と広告による情報提供はバンドリングされて、いわば「抱合わせ販売」(bundling)されていた。多くの人がテレビ広告で情報を得て、物的製品を購入していた。現代の情報消費社会においては、物的製品と情報がアンバンドリング(unbundling)されたとみることができる。これは主に、企業と消費者を結ぶ情報メディアがインターネットなどのIT技術製品の普及などによって多様化したためである。通信やメディア業界が、インターネットプロトコルの登場によって、回線などの通信インフラ層とプロバイダーなどのアプリケーション層などに垂直分業が進んだことと同じことが起こっている。つまり、現代の売れない状況とは、インターネットや携帯電話などの利用方法を情報提供しないで、回線だけを売ろうとしているのと同じなのである。
 情報消費社会Dの市場経済は、「価格情報」だけを手がかりにして、消費者が合理的選択を行えない歴史的環境を作り出している。あるいは、消費者が生活者としての問題解決能力を著しく低下させている。20世紀の市場経済は、提供される商品サービスも少数で、機会費用を伴うサーチコストも低く、何よりも製品サービスに付帯的な生活の知識としてのプログラム情報が家族や地域共同体によって保存されていた。品質を含むすべての情報は価格情報や地域共同体内の「評判」のなかに含まれていた。従って、価格情報だけで製品サービスを決定し得たのである。しかし、現代の消費者は、こんな「恵まれた選択の自由のない」環境にはない。製品サービスの選択の自由、すなわち不確実性を減少させてくれる情報を望んでいる。情報という観点から売り手と買い手との関係をみれば、情報の非対称性がますます拡大しているのである。この情報の非対称性を解消させる情報が売れるメッセージとなっているのである。



 それでは消費者が求める選択の不確実性を減少させる情報とはどのような特性を持つのであろうか。断片的なデータではなく、製品サービスに付帯する生活の知恵や知識としてのプログラム情報であることは先に述べた。
 どのような情報が消費者にとって価値ある情報と認識されているのだろうか。インターネットで流通する情報の分析から手がかりを得ることにする。現在、日本では、約15万台のサーバーが設置され、約1,576万ファイルが提供され、WWW総ページ数は約6,100万ページと推計されているE。この統計数字からは極めて膨大な情報が流通していると推定されがちだが、「価値ある情報」はむしろ少ないというのが多くの人々の実感である。ここでは、「有力サイト」の基準を定め、インターネット上で展開される89の有力サイトの事例と提供情報の共通性の定性的な分析を試みた。有力サイトの定義は、様々なマスコミに取りあげられ、アクセス状況が確認でき、第三者によって表彰されたサイトなどである。現在のインターネットユーザーの1時間当りの機会コストは約2,600円であり、1日平均利用時間は、約1時間半であり、平均訪問時間は約10分である。つまり、これらのサイトは、消費者の約430円(夕刊紙約3紙分)の機会コストに見合う情報価値を持っていることになる。しかも、継続的な追加コストに満足していることになる。
 分析の詳細は調査報告書Fに譲るとして、主な結論は、有力サイトの持続的成功の共通要因は、アクセスする短期及び長期メリットがあり、情報提供などの利他行動を生み出すコミュニティ意識が形成されていることであった。



さらに、ここで関心となる情報提供内容に関して三つのことが確認できる。
 ひとつは、サイトのターゲットが極めて独自に設定されていることである。「マタニティ」(「ぷれままクラブ」)、「同窓生」(「この指とまれ」)、「読書家」(「復刊ドットコム」)、「野球チーム」(「エスエスケイ」)、「OL」(「OL美食特捜隊」)などである。ふたつめは、ターゲットを絞り込むことによって、限られた情報生産能力のもとで、「広く薄い」情報ではなく、「狭く深い」情報を提供し、アクセス層によりメリットのある情報を提供していることである。情報分類に従って、提供内容を集計すると、商品に関する「他者情報(口コミや評判など)」が約44%を占めもっとも多かった。これは、「価格に関する情報」の約16%の約2倍になる(図表2)。さらに、生活に関して様々なテーマで深掘りされていることも確認できた。これらの一般的な生活テーマが情報の価値を持つのは、単なる「賢く過したい」というような「役所的な」情報でなく、特定層のテーマとして絞られるからである。「賢く過したい」というテーマで切り取られた情報よりも、「OLにとって賢く過したい」と特定すれば情報の内容と価値が違ってくる。三つめは、ユーザーが繰り返しアクセスしても何らかのメリットが得られるように工夫していることである。日々情報が更新される、会員化のメリットがあるなどである。
 これらのことから有力サイトに見られる提供情報の特徴とは、ターゲットを絞り込んで、生活テーマを設定することによって、「狭く深い」情報を提供し、情報の利用価値を高め、情報によって利益を得たユーザーが他のユーザーの利益となる情報を互恵的かつ互酬的に提供し、ネット上のコミュニティ意識を形成していると言える。
 情報財のひとつの特性として「強い外部性」が指摘される。多くの人々に共有されることによって価値を持つ情報もあれば、少数の人々にしか知られていないことで価値を持つものもある。いずれも、他者の情報所有に依存して情報の価値が影響される。海外ブランドの特売に関する情報などは知らない人が多いほど情報価値は高くなる。逆に、渋滞情報や交通ルールなどは多くの人に広まれば広まるほど価値は高くなる。これは情報の価値が利用するユーザー間の所有情報の差異に依存しているということである。
有力サイトは、利用者を絞り込むことによって情報の専門性を高め、利用者間の情報所有の差異を利用して価値を増大させるうまい情報の外部性を利用したシステムを作り出している。「知っている人だけの   有名情報サイト」であり、「参加者が増えれば得するサイト」である。「ぷれままクラブ」は妊娠から出産までの支援、「この指とまれ」は同窓名簿の作成や検索などライフステージの節目や趣味やスポーツに必要な生活密着情報である。
 つまり、価値ある情報とは、「みんな」がアクセスでき特定層が共有する「公共的情報」Gである。さらに、特定層の様々な問題解決のための生活の知恵や知識となるようなプログラム情報であり、判断材料を得るためのデータ情報である。
 「暑い日の冷しゃぶ」メニューの提案は、まさに、公共的情報である。提案している企業の「冷しゃぶのたれ」が購入される必然性はどこにもない。まさに、価値ある情報とは情報の本質的性格である公共性を発揮することなのである。食品・飲料なら健康や安全を目的とした食材や食メニュー、日用雑貨商品なら美容や健康、車なら安全や遊びを目的としたうまい運転方法、移動ルートや案内、情報通信機器なら使い方や用途などを特定層向けに絞り込んで情報提供することが、物的製品が需要される必要条件なのである。
 しかし、現在の国内ネットで供給されている情報は、先に確認したように膨大な量であると思われがちであるが、現実には約300億円の予算を持ち約770万冊を所蔵する「国立国会図書館」ひとつに量的にも質的にも及ばない。さらに、消費者が生活の問題解決に必要なプログラム情報となると有力サイトでさえ約19%に過ぎない。このような過剰な情報供給のなかでの過少なプログラム情報の不足が、ネット上の「口コミ情報」によって補われているとみることができる。
 製品サービスが売れるためには、あるいは売るには「公共的な情報」の提供が必要になる。具体的には、自社のブランド名などの反復訴求は最低限にして、生活に役に立つ情報発信を行うことである。電力会社、ガス会社や民営化前の日本電信電話公社などの地域独占企業でもない限りできない、というのが大方の見方だろう。家庭内でのガスの利用量を増やすためには、家庭内での食事のための調理機会が増えねばならない。そのために地域独占が確保されたガス会社がメニュー検索システムを持ち情報サービスを提供するのは極めて合理的な行動である。公共的な情報提供がガス会社の私的利害と一致するのは独占が保証されているからである。
 しかし、現実には、独占からほど遠い食品メーカーなどはメニューという公共的情報を発信することによってデフレ下で高い収益性を維持している。また、実際に、情報的プロモーションによって差別化は可能である。
 物的属性の差異ではなく、差異的な情報によって差別化を行うためには、三つの課題が明らかにされねばならない。ひとつは、公共的情報の発信にともなうフリーライダー(ただ乗り)問題への対処である。ふたつめは、物的生産とは異なる情報生産の費用構造を予測可能にし、情報提供を自社の競争優位へと結びつける鍵は何かを明らかにすることである。情報の生産には、費用の不確実性が付き纏う。さらに、投下費用と生産性には必ずしも正の相関が見られない。こうした生産の不透明性を回避し、自社の利益に結びつける仕組みやシステムは可能なのか、である。



 
公共的な情報を、フリーライドされずに情報的プロモーションを展開することは、過少な情報を提供することになり、該当製品の需要を増加させ、結果として消費者余剰は大きくなり、社会厚生を高めることは言うまでもない。
 フリーライダーを防止する原則はふたつある。
 第一は、消費者に、一回限りではない継続的な情報提供をすることの表明の対価として最低限のコミットメントを引き出すことである。その代表的なものが、Web上での無料会員化による情報提供である。
 第二は、市場や競争条件に応じて、様々な仕組みによって、フリーライドの抑止力を利用すべきである。例えば、企業の明示的な表明による「シグナリング」によって、フリーライドしない層だけが反応するような情報提供、いくつかの選択メニューを提示して消費者の「自己選択」を通じてフリーライドしない層の特定、会員化や会員特典による取引顧客の制限、情報提供や販売場所の制限などによる抑止方法がある。さらに、もっとも強いフリーライド防止策は、自社との取引関係を解消すると多大なスイッチングコストがかかるような仕組みを設けることである。
 しかし、現実的展開には、ふたつの課題が残る。ひとつは、当該製品に関する価値ある情報をどのように継続的に生産し続ければいいのだろうかということであり、もうひとつは、何がもっとも適切なメディアであるかということである。後者については、テレビなどのマスメディアは予算と時間制約のもとで、企業が情報を提供するメディアとしてはあまりにも非効率である。現実的には、ブロードバンド時代に相応しいインターネットを通じた情報提供がもっとも適切であろう。その理由は、前者の課題とも大きく関わっている。製品の補完財となり、当該製品の需要関数のパラメーターに変化を与えるような情報を常に生産し続けられるだろうか。恐らく、情報の量質の両面において限られたコスト制約のもとでは不可能であろう。
 経験的には、製品サービスのライフサイクルによって、過少情報の保有者が変わっていく。消費者が使用経験を通じて学習し知識を蓄積することによって、価値ある情報の保有者が消費者に移転し、偏在化する。この過程のなかでどのように過少情報が伝達されていく可能性を持つのだろうか。概念的な整理を試みてみる。
 第一段階は、売り手が情報保有者になる。新しい製品が市場導入され、技術、機能や使い方に関する情報は、売り手が情報保有者になる。これは自明である。
 第二段階は、市場の成長とともにユーザーの方が使用経験を積み、より有益な情報を保有するようになる。パソコンを想定すれば、初心者とパワーユーザーの持っている情報の差である。初心者にとってパワーユーザーの持っている情報は極めて価値のあるものである。誰もが経験する苦労である。しかし、この段階で、情報保有者であるパワーユーザーが、情報非保有者である初心者に、情報を提供するインセンティブはまったく存在しない。この段階で必要なことは、パワーユーザーの持つ情報を企業が対価で購入し、初心者に情報提供することである。
 重要な点は、情報保有者が売り手(企業)から買い手(消費者)に移行し、価値ある情報は、当該製品の経験差から生まれてくる個別散在的な所有分布になるということである。本質的には、経験などの何らかの消費者間の差異性が、情報の価値を生んでいるのである。つまり、企業が情報保有者でありその情報を利用して情報的プロモーションを続けるためには、常に、新製品を導入するか、消費者のなかで情報保有者をスクリーニングし、情報を入手して、フィードバックしなければならないということである。さらに、情報の生産とは、コピーライターやクリエーターの属人的な創造性に依存しているというよりも、異なった消費者間の経験の差を情報化する作業であると言える。
 第三段階では、次のような「互恵的なあるいは互酬的なネットコミュニティ」を想定することができる。すなわち、企業がインターネット上に、自社の製品の需要に影響を与える補完的な情報テーマを設定し、特定層の関心を得るサイトを開設し、BBSのような情報交換の場を設ける。その場を通じて、製品属性、機能、使い方、スタイルなどの企業保有の情報を情報的プロモーションとして発信し、継続し、情報を開示する。有益情報の一方的公開によって、ネットコミュニティのリーダーを育成し、ネットコミュニティの場を通じて、情報非保有者が情報保有者から情報を得る仕組みを構築する。企業は、この段階で蓄積され共有された情報の分析を通じて、商品改良や多様な流通チャネルや店頭での情報的プロモーションへと結びつけることができる。これによって、情報保有者、情報非保有者及び両者の媒介者としての企業、これら三者の互恵的なあるいは互酬的なシステムが構築されることになる。同時に、企業は情報の生産につきまとう投下コストの不確実性から解放されるメリットを得る。先に、紹介した有力サイトはなんらかの形で、こうした情報提供の互恵的なあるいは互酬的な特徴を持っている。


 このシステムが成立するためにはいくつかの前提条件が必要である。
 ひとつは、ネットコミュニティの質の高い初期参加者を獲得することである。そのためには、ターゲット設定と製品の需要を左右するようなテーマの絞り込みが必要である。独自のテーマ設定によって自己選抜によってスクリーニングを行い、リーダーを育成するための言わば「種まき」である。ふたつめは、ネットコミュニティへのコミットメント及び協力行動を引き出すためのインセンティブが準備されねばならない。フリーライダーを抑止するには、「匿名による一回限りの囚人のジレンマゲーム」にならないように価値ある情報提供が、一回限りではなく、永続的かつ継続的に提供されるという保証を与えることが必要であり、ネットコミュニティに対し、敵対行動を抑制するような「しっぺ返し戦略(Tit for Tat)」Hをとることが表明されていなければならない。三つめは、現在の情報保有者と情報受益者が、相互の役割転換によって互恵性が得られるように、また、現在と将来の情報保有者が世代交代によって互酬性が得られるようにネットコミュニティの制度設計が行われる必要がある。具体的には、現在の情報受益者が将来の情報供与者になるようなインセンティブが設定される必要がある。
 これら三つの前提条件が満たされることによって、企業にとって情報的プロモーションの有効性が拡大し効率化が図られることになる。なぜなら、ユーザー自身の運営によってネットコミュニティへのコミットメントが形成され、質の高い情報提供によって情報の信頼性が高まり、自社への好意形成を通じて、フリーライドが抑止され、需要拡大へと繋がり、他方で、ディファレンス情報の生産のためのコストをゼロに近づけることができるからである(図表3)。さらに、フリーライダーなどの制約によって、消費者にとって有用な情報が過少になっている情報非対称性の状況が解消され、消費者余剰の拡大がもたらされることになるI。
 こうした企業がサポートするネットコミュニティの設計、運用ノウハウが情報的プロモーションの中核的スキルになることは言うまでもない。しかし、残念ながらマスメディアの利用が中心となっている説得的広告が主流となっている現在、インターネットを通じた情報提供とネットコミュニティへの投資はあまりにも少ないと言える。さらに、近年では「根拠なき逆ネットバブル」によって投資抑制されている。ここに競争上先行すべき大きなチャンスがある。



 デフレ市場下で、企業は収益を上げるための多くの変数を手にするようになっている。それは個々の消費者を様々なシグナリングによって識別し、スクリーニングできるようになってきているからである。インターネットの普及や流通の多様化がその源泉である。すなわち、情報消費社会化の進展である。しかし、現実には、企業は手にした変数を逆に狭め、ものづくりと価格=コスト変数のみに固執しているように思える。日本の基幹産業である製造業が、ものづくりだけで生き残ることはできない。先端技術や高度な技能によって差別的ものづくりを目指す一方で情報ディファレンスによる差別化も志向していく必要がある。差別化の源泉は、技術や知識を持った従業員であると同時に、生活のなかでのうまい使い方やノウハウを持った顧客である消費者である。情報による差別化は可能である。21世紀の差別化戦略は、技術によるものづくりの差別化と情報による差別化の組み合せである。どのように価値活動と連結させるべきかは、「製造業のリバイバル戦略」xiで提示したモデルのとおりである。
 ここでは単純なコスト主義とものづくり信仰への流れに棹をさし、より深部の情報による差別化戦略の可能性を提示してみた。情報差異化による差別化戦略の可能性はますます拡大しつつある。
 最後に、情報による差別化の成功原則をいくつかにまとめてみる。
 第一は、製品サービスは、物的製品サービスと情報の一体的なもの=「複合製品(A Joint Product)」である、という再認識が必要である。生活の知恵や知識という文化がなければ、製品サービスは使用もされなければ購入もされない。情報消費社会化によって家族や地域共同体に保存されてきた生活の知恵や知識という情報が失われている。従って、社会的に過少な情報提供によって物が売れるのは当たり前のことである。情報による差別化とはこの歴史的事実の再発見からなされるべきである。
 第二に、デフレ市場下、需要の価格弾力性の高まりに対するマーケティングの対応を明確にすることである。企業には四つの戦略しかない。価格競争、差別化戦略、価格差別化戦略、集中戦略である。まず、当該事業の分析を通じてどの戦略オプションを採用するかを明確にすべきである。
 第三は、消費者への情報的プロモーションを増大させる必要がある。もし、価格競争で生き残れる条件がないならば、どの戦略を採用するにしても情報的プロモーションを増やすべきである。広告宣伝費の配分を、マスメディアを利用した説得的プロモーションから情報的プロモーションへと相対的な比重を変更する必要がある。さらに、情報的プロモーションは、生活者が失いつつある生活知識、生活ソフトなどの自社の製品サービスにとらわれない公共的性格を持ち、価値ある情報提供を行わなければならないことはもはや言うまでもない。
 第四に、情報的プロモーションは万能ではない。市場競争条件に応じて、自社ブランドなどの認知拡大を狙った説得的プロモーションと情報的プロモーションはミックスされる必要がある。その具体的な条件は、市場の成熟段階と、競合ブランドと比較した自社ブランドのブランドロイヤリティの優劣である。
 第五は、公共的な情報提供を行うかどうかは、価格に対する相対的な宣伝広告コストと消費者の情報を得る確率(到達率)の需要条件とフリーライダー対策の有効性によって決定されるべきである。「フリーライダー」問題は、消費者に長期的かつ継続的に情報提供を行うことを原則とし、表明しておく必要がある。さらに、流通段階で何らかの取引対応の差異化やネットコミュニティの提供を通じて防ぐことができる。最終的な解決策はネットコミュニティの形成である。自社独自のネットコミュニティ形成の手法の確立が急務である。
 また、公共的な情報提供がフリーライドされるリスクを持つ一方で、自社が他社の情報提供にフリーライドできる機会もあるということも競争上十分に配慮されるべきである。
 情報という目に見えない要素によって、企業が差別化できる条件が確実に整いつつある。原料や技術によるリアルディファレンスによる差別化から、情報ディファレンスによる差別化へ、が我々の情報メッセージである。 (松田)

本論考は、JMR生活総合研究所マーケティングサイトにおける松田久一「情報ディファレンスによる差別化-情報のマーケティング」から抜粋編集したものである。全文は当社ホームページ上で連載形式で公開している。

@ S.Martin (1993)参照。
A 物的製品と情報の2財の無差別曲線を想定すると粗補完関係を想定することができる。広告による情報提供は、代替効果と所得効果を通じて、物的製品への需要を拡大させるとみることができる。
B 野口悠紀雄(1974)参照。
C ここでいう情報サーチ(検索)コストには、情報の収集コストだけでなく、収集した情報から初期の目的のものを選別するコストも含まれている点に注意していただきたい。
D 「情報消費社会」とは、選択消費が家計支出の過半を超え、生産の第三次産業比率が過半を超えている社会と捉えている。松田(2003)参照。
E 「国内WWW統計調査 第7回速報」(2001)、アプライド・ブレインズ社調べ。
F 「ネットコミュニケーション事例研究調査報告書」(2003)、JMR生活総合研究所。
G 「公共的情報」とは、@社会的限界費用がゼロ、A利用者の排除不可能性を満たすことだとされる。野口(1974)。生活の知恵や知識などがこのふたつの観点から公共的情報であることは言うまでもない。
H 「しっぺ返し戦略」とは、「繰り返し囚人のジレンマ」ゲームで、「最初は協調(cooperation)をとり、以後、相手の前回の行動と同じものをとる」という戦略である。
I フリーライダーの問題は、消費者が情報提供をうけた企業から購入しないで他の企業から購入するという可能性を持つ。こうした状況で、企業間がシェア競争を行うと、「囚人のジレンマ」ゲームに陥り、両者とも公共情報を提供しないという均衡が成立する。このゲームの前提となっているのは、消費者がゲームの構造を理解して自己利得の最大化を目指しているということである。しかし、実際の実験においては、囚人のジレンマゲームにおいて、「裏切り」が、自己利益が相手の戦略に依存した状況下で最適であるにもかかわらず「3〜6割の参加者が協力行動を選択する」という結果が報告されている。このことから実践的には懸念するほどフリーライダー問題は消費者からは生まれない、ということを示唆している。山岸(2003)参照。
xi 松田久一(2003)「消費社会の戦略的マーケティング」所収。


※ 本提言論文は、「営業力開発」誌 2003・No180号(編集発行:日本マーケティング研究所 執筆担当:JMR生活総合研究所)に掲載されております。掲載文は以下のU〜Xに続いております。

U.お茶飲料にみる情報的プロモーションの事例
V.都心生活者が創るネットコミュニティ
W.オープンアーキテクチャ戦略の崩壊
          −デフレ克服のビジネスモデルとは?
X.東京再生、オフィスビル2003年問題は危機か?


過去の提言論文バックナンバー
・デフレ不況下での消費者マインドを読む
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