2004年を契機に消費低迷から消費拡大へ空気が入れ替わった。堅調な消費が現在の景気回復を支えている。このチャンスを取り込むためには、今の消費をどう読み解くかが鍵となる。
特集のはじめに、2006年の消費市場を概観する。消費回復の背景に大きな世代交代の波があることを示す。消費好きの世代が、ライフステージ変化に伴って自分のために消費する条件が生まれている。同時に節約志向の強かった団塊世代の親子が新たなライフステージ移行に伴い消費拡大に向かう。大きな外的ショックがなければ消費拡大は10年単位のトレンドに乗ったとみることができる。2004年から3年経過しこれから数年は拡大期が続くということである。
しかしレガシーマーケティングが通用しない。所得格差の拡大に伴い、消費の格差が拡大している。機能やコストパフォーマンス以上に自身の好みや趣味による商品選択をする。機会費用を意識して買い物をする。市場がネットワーク化し、情報経路と購買の意志決定プロセスが輻輳している。支配的なチャネルもメディアも存在しない。パレート分析で死に筋カットしてきたチャネルは衰退し、ロングテールに対応できたところが大きな果実を得ている。アマゾンであり、グーグルである。「眼のつけどころ」が肝心だ。注目市場のひとつが団塊世代である。これから大量のサラリーマンの退職期を迎える。どんなライフスタイルを望み、どんな消費をしていくのか。バブル崩壊の痛手を負って節約消費に回った世代が消費拡大の空気を吸って新しいリタイアメントライフを志向し、アクティブな消費者として動き出す。
これまでの消費研究の成果を踏まえて、持続す
る消費回復の消費リーダーと消費の特徴に迫って
みたい。
「世代」は、感受性の強い若年期における時代
の共通体験を背景に形成される共通の価値観をも
つ人々の区分と定義できる(詳細はP23「世代の
定義」を参照)。現代の日本人を世代区分すると
きに最も大きな出来事は戦争である。
戦争体験に次いで、我々の価値意識に
大きな影響を与えたと考えられるのが
バブルとバブル崩壊体験である。バブ
ル崩壊の時に、10代後半の青年期にあ
って価値意識の形成に影響を受けた、
と考えられるのが団塊の世代の子供に
あたる団塊ジュニア世代だ。その時に
まだ幼児だったのがポストバブル世代
と80年代生まれのエイティーズである。
現在10代後半にさしかかっているのが
新人類ジュニア世代である。
直接間接に戦争の影響を受けた、飢餓世代、戦後世代、団塊世代が約30年、その後の大衆消費社会に育った断層の世代から新人類、団塊ジュニア世代までが25年、バブル後に青年期を通過する新世代がポストバブル、エイティー
ズ、新人類ジュニア世代である。
各世代がバブル崩壊時に受けたインパクトをみると、バブルピーク時の89年、団塊世代は39〜43才、子供の団塊ジュニアは14〜18才、子供が高校生でバブル期に住宅を取得し、教育コスト負担が大きくなるときにバブル崩壊を体験する。家計費構造からみても、この親子世代が最もバブル崩壊のインパクトを強く受けたと思
われる。
ライフステージからみると、団塊ジュニアは、
90年代、本来ならば最も自由にお金が使える独身社会人になるが、就職難やリストラなど厳しい現実から、節約志向が強く働き、期待された消費は不発に終わった。その後のバブル崩壊を自身の体験としてもたない新世代が2000年を過ぎて、学校を卒業して独身社会人に入ってきてお金を使いだしている。今の消費回復をリードしているのは断層世代とバブル後の断層ジュニア世代である。親子関係で親が戦争体験世代から非体験世代へ、子供がバブル世代からバブルを知らない世代へと、25年〜30年スパンの大きな世代交代が現在進んでいる。
消費の増加が何によってもたらされているかを分析した。サイコグラフィックスの要因、購買力の要因、世代ライフステージなどのデモグラフィック属性からもたらされるものと、三つに分けてAID分析を行った。その結果、期待収入と、消費意識の顕示消費と消費衝動が影響していることがわかった。期待収入は収入の増加見通しがあるかどうか、顕示消費の顕示は「みせびらかし」と言う意味である。消費衝動は「欲しいものがいっぱいある」「衝動買いが多い」といった意識で、いくつかの変数を因子分析して解釈したものである。
消費の増加の経路には、大きくいうと三つある。ひとつは、職業・雇用形態によって期待収入が異なり期待収入の楽観的な人ほど消費を増加させる。ふたつめは世代とライフステージによって上昇志向の価値観が強まり、上昇志向の価値観が顕示消費と衝動消費に関連して消費を増加させる。三つめは、格差意識が価値観に影響を与え、消費増加につながる。格差意識を強く持っている人の方が消費が増加する傾向がある。
格差意識が広く浸透している。全体の75%が、「今後、日本の格差はますます広がっていく」と答え、若い世代においても同様である。また、格差の内容については、もっとも多いのは「収入」である。「格差」とは、「収入格差」であると捉えられていることがわかる。
格差意識が広く浸透している要因には、所得格差が拡大していることがある。4年前の調査と比べて、全体的に収入が低い方向にシフト、特に世帯年収300万円未満の層が3.5ポイント増加している。
また、年収の増減をみても所得の低い人ほど収入の減少率が高く、所得の高い人ほど収入の増加率が高い。これはある一定の高収入層がますます豊かになっていき、もともと収入の低い人はますます収入が低くなっていく傾向にあるということを示している。日本の収入格差は、今後さらに拡大していく傾向にあることがうかがえる。
ただ、格差が拡大して「中流社会」が崩壊していく、という見方は、必ずしも暗い未来として受け止められているわけではない。下方の生活レベルを許容する「下方志向」層は、どちらかというと享楽的で「今が楽しければそれでいい」と、世間的に認められるよりも「我が道を行く」ことを重視する意識がある。同時に、上の生活レベルを志向する「上方志向」は80年代以降に生まれたエイティーズ、新人類ジュニアなど若い世代で多く、「努力して成功しよう」という前向きな意識をもっている。世代交代に伴いこのような上を志向する意識、上昇志向のエネルギーが高まっていくことが予測される。
以上のような分析結果から、消費リーダーを捉えるために「上昇志向」と収入階層によって七つに区分して有効性を検証した。消費意欲が高く、実際に消費性向の高い層をリーダー層とすると「上層」「中上層クライマー」「下層クライマー」の三つの層が消費リーダー層である。収入階層が高い層だけではない。
「上層」と「中上層クライマー」の消費意識の特徴は「顕示消費」意識の強さにある。「顕示消費」は、トレンドに敏感である、と自認し、気に入った商品や店を人にすすめたり、みせびらかしたりしたい、という気持ちである。「他人がまだもっていないもの」「他人よりもよいもの」を選びたいと考えている。彼らが求めるのは、「価値の高い」「差別的」な商品サービスである。
もうひとつのリーダー「下層クライマー」は、情報通信機器やファッションと、ゲームやアニメ、書籍や音楽などのコンテンツ系の商品サービスに関心が高く、自分の趣味を追求していく。
消費リーダーの特徴でもあるが、自分の好きな「趣味」「テイスト」にこだわってものを選び、趣味に合ったものにとりかこまれて生活したいという、生活の「趣味化」がすすんでいる。
一点豪華主義は、趣味化に比べると貧相で、限られた資源を好きなものに突出して投資する。趣味化は自分の趣味による生活カバー率が高くよりぜいたくな消費といえるかもしれない。調査では35の商品領域を提示して、「自分の選択基準やポリシーをもっている」カテゴリーの数で定義した。対比するために「オタク」層と比べてみる。オタクが男性に多いのに対して、趣味化層は女性が多い。男性の中で趣味化層が多いのは「新人類世代」。雑誌の世界では数年前からこの傾向を先取りしている。
人によってどんな趣味化の商品セットをもっているのか分析した。35のカテゴリーが八つの商品群にグルーピングされた。アドベンチャー系は、自動車・二輪、アウトドア、スポーツ関連商品群、アルコール飲料の乾杯系、トランス系、デジタル系、リフレッシュ系、スローライフ系、ハイソ系、ファッション系である。例えば、ハイソ系には、ステーショナリー、インテリア、時計などが含まれる。これらは趣味の一貫性という点でくくられる。ファッション系には、テーブルウェア、化粧品、シャンプーなど日用品、家事・調理家電製品が入る。これらの製品は単品の好き嫌いで選ばれているのではなく、あるテイストでコーディネイトされて選ばれていると見る必要がある。
特に趣味化が進んでいる商品群が、女性の趣味化層が特に多い「ハイソ系」「スローライフ系」だ。消費リーダーの上層でも同じ傾向で、下層クライマーには各種コンテンツを含む「トランス系」「デジタル系」が志向されている。
生活の趣味化が進むとマーケティング上どんなインパクトがあるかというと、ひとつは、単品カテゴリーの商品の訴求力が弱まり、生活カバー力をあげないと選ばれない、ということである。もうひとつは、どんなテイストを求めているのか、個人の価値観とその人にとっての商品の価値に迫らないと、商品が受容されない、ということだ。
買い物におけるインターネット利用の拡大や、買い物行動の24時間化など、買い物が激変している。当社調査では、最寄品、買回品に分けて買い物行動そのものをタイプ化してどんな買い物行動があるのか分析した。
ここでは最寄品の購買行動を「購入頻度」「購入品数」「滞店時間」「まとめ買いの程度」「支出金額」などの変数を用いて分類をした結果を紹介する。最寄品の購買行動には五つのタイプがあることがわかった。
最もボリュームの大きいのは「多頻度小口購買」タイプ。主婦に多くみられる買い物の仕方で、購入頻度が高く、滞店時間が長いという特徴がある。生鮮食品やお菓子など食品の購入が多く、チャネルでは食品スーパーやGMSが多くなっている。二つめは、コンビニエンスストアでの飲料の一本買いなどに象徴的な「多頻度単品購買」タイプ。男性に多く見られる買い物の仕方で、購入頻度が高く、購入品数が少なく、滞店時間が短い。三つめは、購入頻度が少なく、少ない品数を、短時間で購入する「時間節約購買」タイプ。こちらはエイティーズなどの若い世代で多く、化粧品をインターネットで購入するような買い物の仕方になる。四つめは、買い物時に参考とする情報数が多く、情報の依存性も高い「店頭情報購買」タイプ。パン・麺類などの主食や飲料をCVSで買うような買い方であり、これも若い世代で多くなっている。最後が、数日〜数週間分以上のまとめ買いを行い、滞店時間が長く、支出金額が高い「計画まとめ購買」タイプ。お酒や調味料、日用雑貨などの購入が多くなっている。
このように、最も比率の高い購買行動は「多頻度小口購買」タイプとなっているが、その比率は4割に過ぎない。そのほかの四つの購買タイプが多くの比率を占めている。
次に買い物行動が変わる原動力として、消費者の買い物コストが高くなっている、ということがあげられる。ふだんの最寄品の買い物では、店までの平均移動時間が片道15分、滞店時間21分、1回あたりの購入品数が5.1個、支出金額約2,800円。移動時間と滞店時間合わせて約50分がかかっているということになる。一方、顧客の1時間あたりの時間コストを時給をもとに計算すると、平均で1,558円、管理職だと5,000円、一般社員で2,900円、パートで1,030円となり、これが購買における機会費用である。2,800円の買い物をするのに約50分の時間コスト、さらに商品の探索コストを入れると、買い物は非常にコストがかかるものになっている。
機会費用のレベル毎に購買行動タイプをみると、機会費用が低い層では、「多頻度小口購買」、購入頻度が高く、滞店時間が長い購買行動が多くなっているが、機会費用が高くなるにつれて滞店時間が短い「多頻度単品購買」や「時間節約購買」が多くなっている。つまり、機会コストが高い人ほど、買い物コストが低減する購買行動を選択しているということである。ではチャネルの選択についてみてみると、機会費用が低い層でGMSや食品スーパーの利用が多くなっている一方で、機会費用の高い人ではCVSやインターネットの利用率が高くなっている。今後、収入格差が拡大する中、機会コストはますます重要になってくる。そのため、今後は機会コストを意識した買い物行動、買い物コストを低減させるチャネルが伸びていくと考えられる。
現在の購買行動の多様化は、流通構造の変化、家族の変化の結果、重層的に起こっているとみられる。買い物は移動時間、滞店時間だけでなく、商品探索の時間や負担感などさまざまなコストがかかっている。買い物の魅力度を分子に、総合的な買い物コストを分母においた時に、コストを圧縮するか、魅力度を上げるか、両者を求めるか、という点から消費者は選別している。いずれにしても機会コストの上昇によって生まれた、新しい購買行動に適応したチャネルが伸びていくことになるだろう。
最後に、国による文化的差異とマーケティングについての実験結果をご紹介する。
グローバル展開するときに、その国の文化を考慮して何を訴求するかを考えようということに、多くのマーケターは賛成するが、具体的に何をどう変えたらいいのかについては明らかにはなっていない。
当社ではアイトラッキングという技術を導入し、消費者の視線の軌跡や何に注目しているのかを測定して、心理的な活動について客観的に分析することができる。この技術を使って、実際に広告やパッケージを提示し日本人と欧米人、中国人の商品ブランドのとらえ方の違いを明らかにしようという意図で実験した。
実験の後に実施したインタビューと合わせて解釈すると、日本人は、商品ブランドの出自に興味関心をもち、メーカーはどこか、どこの国でつくられたのか、を気にする。欧米人は、どんなブランドなのか、どんな機能があるのか、に関心を持つ傾向がある。中国人はその間にあった。
グローバルマーケティングにおいて、ビジュアル表現、訴求メッセージ、ブランドの作り方をどうするか、文化的差異が考慮される必要がある。
節約消費の空気から、ふつうの消費意識へ空気が入れ替わっている。その背景には25年から30年のスパンの世代交代がある。今はまさにチャンスといえる。一方で個別市場へのアプローチはますます難しくなっている。マーケットをどう捉えるのか、どんな消費の特徴があるのか、市場理解が正否の鍵を握るといってよい。(大場)
本稿は、当社代表松田久一の助言や協力をもとに執筆されたものです。
※本提言論文は、「営業力開発」誌 2006・No192号(編集発行:日本マーケティング研究所 執筆担当:JMR生活総合研究所)へ掲載されています。誌面では以下の様な構成にて続いております。
団塊の世代がさきがけとなる新しいライフスタイル
1.団塊の世代が起こす「消費革命」
2.団塊の世代の5つの特徴
団塊リタイアメントライフ
1.団塊世代とはどんな人たちか
2.団塊世代の価値観と消費
3.団塊世代のリタイアメントライフ
世代の定義
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