小売チェーンの宅配
依然として継続する売価競争、さらにオーバーストア現象を顕著に示す集客数の減少、小売業はさらに厳しい時代を迎えている。ほとんどのチェーンで「既存店の売上減少」となっているが、それをカバーする「サービス」の取組みが進んでいる。その典型として「宅配」が注目されている。
チェーンストア大手の宅配が話題になったのは、1996年、コンビニエンスのエーエムピーエムが、店舗に設置したバイクで配達する「デリスのデリバリーサービス」を始めた頃からである。
スタート時、高齢者世帯をターゲットと考えていたが、予想以上にオフィス客の利用が多いことから、オフィス用品の配達まで拡大された。
次いで2000年に、西友がインターネットで注文を受ける「ネットスーパー」を杉並区にスタートした。
マルエツは、横浜・町田の一部地域で「ネットスーパー」を開始した。江戸川で「ネットスーパー」をスタートしたイトーヨーカ堂も東京・埼玉の8ヶ所に拡大している。
三重のスーパーサンシでは、毎月2億円に達しているとされている。酒のやまやも、携帯電話で注文・決済をする配達サービスを拡大している。
最も大きな宅配サービス企業は生協である。日生協の発表によると、1995年268億円だった「個配」が、2004年度は5902億円にまで成長している。さらに、05年度では14%増で7000億を超えたと報告している。「個配」は、店舗売り、共同購入の減少に悩む生協にとって、差別的な競争手段に成長した。
そして、「日本一の食品小売業」のセブンイレブンが、食事宅配を手がけるセブン・ミールサービスを全国に拡大している。
しかし、小売企業の「宅配」は、効率面から見ると決して楽観できるものではない。
「日本一の宅配企業」生協も、効率の良い「共同購入」のシステムに反して、「個配」は成長するほどに利益がでない仕組みになっていると指摘されている。
西友の「ネットスーパー」も、04年で5万人、地域・店舗拡大があった割には会員の伸びは緩やかである。
稼働件数の伸び悩み、効率の悪さが目立つ「小売企業の宅配」であるが、それに比較して順調に伸びているサービスがある。「予約サービス」である。
「予約商品」=オリジナル商品
例えば「土用の日」「七五三」「ボージョレーヌーボ」「クリスマス」「お歳暮」「おせち」「お取り寄せ」「全国駅弁」等々、小売企業の店頭では「予約チラシ」にあふれている。
「宅配」と「予約」の違いは、その商品企画にある。前者は、どこにでもある商品をまとめて、依頼される日時に、いつも、お届けするものであり、後者は各チェーンが独自に商品開発を行い、特定の日に手渡される。差別化と、システムに馴染むのは圧倒的に「予約」である。
「日本一の宅配企業」生協の「個配」も「企画力」の成果である。いつでも、どこでもある商品よりは、生協オリジナルの限定された時にしか注文できない商品の人気が高い。東京での「個配」を展開している「パルシステム」は、そのほとんどがオリジナル商品である。
セブンイレブンが展開しているミールサービスも、オリジナル商品を原則としている。
爆発する需要=催事需要
「予約」の展開テーマの多くは「生活催事」に関連している。多分、大手小売業が「予約」を始めた最初は百貨店の「おせち」であろう。年末の風物詩としておせちの予約受付売場がマスコミによって紹介されていた。
催事によって大きな需要が起きる現象は「バレンタインデー」のチョコレートが有名である。(図表1)
一般世帯(2人以上の総世帯・以下同じ)家計費におけるチョコレートの購入金額は05年で年間4123円、1日にすれば11円である。バレンタインデー2月14日は、1日で140円近くになっており年間の3.4%を占める。さらに前もって買っておく需要が1週間前から立ち上げっており、8日〜14日までの1週間を合計すると670円になり16%を占める。この需要は、昨今のチョコレートブームの追い風を受けていることもあり、06年の支出は05年を上回った。
需要としては「家計費」以外に「個人支出」が多いので、この1週間での需要は、全チョコレート需要の1/4近くにもなると言われている。
バレンタインにチョコレートを送るという風習は日本にしかない、というのはよく知られている事実である。
1936年にモロゾフが雑誌広告を出し、58年にメリーチョコレートが新宿伊勢丹でキャンペーンをはっている。
当時は大したブームにはならなかったと言われているが、今日では百貨店始めスーパー、コンビニエンスストアでも1月中旬より「バレンタインコーナー」を作っている。また、チョコレート以外の「バレンタイングッズ」を開発している。
派生的に生まれたのがホワイトデーである。これも日本が作り出したものであり、福岡の石村萬盛堂が岩田屋と一緒に作った風習と言われている。
バレンタインと同じように欧米の催事を日本に取り入れたのが「クリスマス」である。(図表2)
家計調査によれば、ケーキの年間購入金額は、一般世帯で7506円である。1日にすれば21円である。12月24日のクリスマスイブでは、1日で522円に跳ね上がっており、1日だけで年間の7%を占める。日本のクリスマス需要が「ファミリー需要」になって久しいが、そのためクリスマスイブが何曜日になるかで、需要は多少変わってくる。04年は24日が金曜日の平日であったため、23日(天皇誕生日)から26日(日曜日)にまで拡散したと言われ、05年は24日が土曜日、23日をはさんで同じように分散した。しかし、今年は24日が日曜日のため、従来以上に24日に集中するだろうと言われている。また、休日に24日を迎えると、クリスマスケーキは「住宅地」で購入され、平日の場合にはターミナルでお父さんが買ってくる需要が大きくなると言われている。これも「生活の変化」によって生まれている需要の変化である。
一時期ほどのブームではないと言われながらも確実にピーク需要を作っているのが「ボージョレーヌーボ」ワインの新酒の解禁日である。毎年11月第3木曜日に解禁されるのでピークの日がずれるが、昨年の「第三木曜日17日」は63円となっている。(図表3)ワインの家計費での年間購入金額は2169円で、新酒解禁の日1日で約3%を占めている。
これも、日本が先進国の中で最も早く日付が変わるということで、80年代バブルに乗って意図的に作られた需要である。
生活催事に関連して需要を作るという事例は古い話だけではない。すっかり関東でも定着した「節分の恵方巻き」は、もともとは関西の風習であったものをコンビニエンスストアが普及させたものである。
2月3日の節分における「テイクアウト寿司」の家計支出は316円、この数字は毎年伸び続けている。「テイクアウト寿司」の年間支出は12372円であるから、この日への集中度がさほど高い訳ではないが「恵方巻き」といった単品に集中していると見れば、大変な需要を作ったものである。(図表4)
催事需要をリードする量販店
「クリスマス」や「ボージョレーヌーボ」、「恵方巻き」、さらに「おせち」の瞬間需要をリードしているのが大手小売業である。
節分の「恵方巻き」では、今年イオンが昨年比10%増の80万本を販売したとされ、昨年はコンビニエンス3社で600万本を販売したとされている。今年はローソンが前年に比べて3割増の230万本、セブンイレブンは同一割増の363万本の販売を計画した。
「恵方巻き」は1人1本が原則だから、コンビニエンスストアだけで600万人、なんと20人に1人はコンビニエンスストアの「恵方巻き」を食べたことになる。この多くを「予約購入」が占めている。
日経MJの報告では、首都圏で05年恵方巻きを食べた割合は48%、最も増えたのは九州で04年68%、05年91%となっている。入手方法では「スーパー」で購入が46%、「コンビニ」が13%。「手作り」は20%となっていると報告している。
催事需要にからむ需要ピーク、さらにその入手方法としての「予約」は、大手小売業・チェーンによって社会インフラとなっているとしても過言ではない。特に、「恵方巻き」の一気呵成の全国化は、コンビニエンスストア始め、スーパーが仕掛け人であり拠点となっていることを示している。
量販店によって復活したボージョレーヌーボ
ボージョレーヌーボの「ブーム」は、80年代バブルのころが話題性からしてピークであった。その後、ややマンネリ化し、さほどの話題にはならなくなった。
昨今、健康志向でワイン、特に赤ワインが好まれているとはいえ、それが直接的に「ボージョレーヌーボ復活」に結びついていると認識する人は少ない。
しかし、昨今の「ボージョレーヌーボ」の輸入量は毎年史上最高を更新している。今年は昨年並みの98万ケースと言われているが、「飲酒運転防止」のために「店頭・街角試飲」を中止しても、昨年を維持したとすれば、傾向としては、まだこの好調さが持続していると評価されよう。
注意すべきは、「全体」では「昨年並み」であるが、個々のチェーンの計画では、西友の予約は昨年より二ケタ増と言われ、イオンは二割増し、いなげやは8%増と言われている。
こうした量販店は、独自で買い付けを行っている。国内ワインメーカーに依存した昔と比べれば、MD政策そのものを量販店がリードしていると言えよう。
イオン・ジャスコ津田沼店では解禁日のその日時間に特設コーナーを設け、3600本もの大量陳列。を実施したと報道されている。
かつて街の酒屋さんで密やかに品揃えされ、レストランやホテルで喧噪にまみれていた「ボージョレーヌーボ」が量販店の取組みによって大きく進化している。
著名パティシエが結集したクリスマス予約ケーキ
クリスマスもすっかり「ファミリー催事」となって、量販店の主導力が発揮されている。
各量販店の「予約パンフレット」では、大手メーカー品よりは、その量販店オリジナルのMDが顕著である。特に昨今の著名ホテル、パティシエの手によるデコレーションケーキが主流となっている。今年の「予約ケーキ」では、昨今のチョコレート人気を反映して「ショコラティエ」によるケーキが目立っている。(図表6)
さらに、イトーヨーカ堂では三大アレルゲンといわれる乳製品、小麦粉、卵を使わないショートケーキとプリンを登場させた。
また、ファミリーマートではペットの犬用のケーキ予約を受けている。
Am/pmジャパンでは、たかの友梨氏とのコラボレーションケーキも登場させている。
量販店のMDがリードすることによって、クリスマス=デコレーションケーキ・・という単純な図式が、それぞれの商品が進化し、さらに新たなターゲット、周辺商品の開発に繋がっている。「クリスマスの予約パンフレット」では、ケーキだけではなく「ファミリーパーティ」としてオードブルやピザ、ワイン、ターキー、さらに「寿司の詰め合わせ」までが紹介されている。まさに、「催事生活の食シーン」に密着したMDが実現している。
おせちの「お取寄せ」化
おせちが「中食化」することに眉をひそめるむきもあるが、確実に「おせち」は買ってくるモノになってきている。「中食化」とは、「調理しなくても済む・必要な時に配達してくれる・店に行けば用意してある」という機能的な便利さが強調されるが、むしろ「こだわり」を実現するための手段であると理解した方が早い。
各社の「おせち」の「予約パンフレット」は「こだわり」のオンパレードである。「お取寄せパンフレット」になっている。
「ボージョレーヌーボ」で著名レストランシェフやソムリエが監修し、「クリスマスケーキ」では、パティシエやショコラティエ、エスティシャンが、そして「おせち」では匠の技が結集されている。
「予約」は、「食の楽しみ」を簡単に提供してくれる、社会のインフラになってきていることを、「予約パンフレット」が証明している。
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