「アフターサービス」をWikipediaで調べると「商品の修理・メンテナンスについて販売者が購買者に一定期間提供するサービス」となっている。メーカーは、製造責任として、この一定期間の修理・メンテナンスを販売店に代わって実施する。したがって、メーカーのアフターサービス部門は、コストセンター的な位置づけが強くなっている部分も大きい。
一方、英語には「アフターサービス」という言葉はない。近い英訳としては、「after-salesservice」「customerservice」である。これらの言葉から見ても、欧米におけるアフターは、製品販売後のセールスの為のサービスや、今後も含めた継続的な顧客サービスという位置づけである。
コールセンターにおける非正規社員の比率が日本では9割に対し、欧州では3割という調査結果もあり、ここからもアフターへの意識の違いが読み取れる。
これらに対し、保守・メンテナンスをしながら、製品の部品交換、補充、再購入を促進することで企業に新たな利益をもたらす「アフターセールス」が、製品のライフサイフルが短くなる中、日本でも注目が高まっている。製品の不具合や故障が生産性・利益に直結するBtoBの分野(特に生産用機械類)では、メーカーがフォローするアフターセールスマーケットが急速に伸びてきている。
但し、「アフター」は、顧客が製品を購入した後全般のことを指し、「アフターサービス」や「アフターセールス」はその一部である。
そこで、「製品購入後に顧客が求めるトータル価値」=「アフターバリュー」と称し、そのことについて考察を進めることとする。
バリューチェーンと言うと、ポーターのバリューチェーンモデルを抜きには語れないだろう。
■図表1 ポーターのバリューチェーンモデル
このモデルは25年以上も前に提示されたものだが現在でも多く使われている。材料調達、製造から、出来た製品を顧客に届けるまでの流れであり、これらの各活動が左から右へと流れ、それが連鎖していくことで、付加価値が創出されるという考え方である。(図表1)
この図において、販売後のアフターバリューにあたるのは、下部の主活動では、「サービス」であり末尾に位置する。上部の支援活動では、(販売後の)顧客への支援活動に当たるものはない。つまり、このモデルは、顧客に製品を届けるまでの価値を最大化することを主眼にしたビジネスモデルと言えよう。
ヘンリーチェス・ブロウは、著書「オープン・サービス・イノベーション」の中で、このバリューチェーンモデルの典型として、自動車の製造をあげ、「ここではサービスは付け足しのようなものである。自動車メーカー自身はサービスを提供せず、バリューチェーンの末端にあるディーラーに任せている。しかし、ディーラーが顧客の希望を叶えるには限界がある。(中略)サービスは必要だが、他社との差別化を左右するほどではなく、競争優位をもたらしたりはしない、と大半の企業がそのように考えている」とする。その上で、「製品のコモディティ化のスピードが高まる中、競争力は失われてしまう」と指摘し、「サービスによるイノベーションの重要性」を提唱する。サービスはバリューチェーンの終わりに付け足しとして付いているものではなく、他と同等に、または、サービスから製造に新たに向かう起点ともなりうる位置づけと考える。
製品の競争力が薄れてきたことの背景によくあがるのは、「モノ余り」「同質化」「成熟化」「顧客の欲しいものがなくなった(ニーズの充足)」といったことである。しかし、これらは、かなり以前から言われていたことであり、このことだけでは説明できない変化が起こっている。例えば、日本の強みの産業である電子機器の世界シェアの低下(図表2)。
この背景には、日本のモノづくりの強みを根底から揺さぶる「デジタル化」がある。日本企業は、すり合わせ型で完成度を高め、真似ができないモノづくりを強みとしていた。
■図表2 世界の電子機器生産額と日本企業シェア
しかし、デジタル化によりモジュール型のモノづくりが進展し、基幹部品の相互依存性がなくなり、汎用品による水平分業が可能になった。コストの安いアジアをはじめとした海外で、短期間での大量生産が増え、新しい性能をもった製品が開発されても、同質商品がすぐに生まれやすい構造になってきた。
■図表3 世界の電子機器生産額と日本企業シェア
デジタル化進展化以前との大きな違いは、同質化、成熟化のスピードの速さと市場参入の容易さ(熟練技術やノウハウがなくても参入可能)である。
経済産業省の「ものづくり白書2013」の中の、「わが国のものづくりの産業復活の方向性」において、「日本の製造企業の考える自社の競争力・付加価値の源泉」を調査した結果が示されているが(図表4)、その中で「販売」「アフターサービス」を取り組みが疎かな領域としている。
■図表4 製造業の競争力・付加価値の源泉認識
さらに「コモディティ化し、価格競争に陥った製品分野での競争は不利」であり、「量産領域ではなく、競争領域を販売以降の領域で拡大し、顧客ニーズを十分に把握するとともに、そのニーズを研究開発に活かし、他社には提供できない新しい価値を顧客へ提供する必要あり」ともしている。(図表5)
■図表5 顧客と直接つながるモノづくり
そこで、次に、アフターにより差別力を高めているメーカーの事例をあげて考察を進めたい。
製品販売後のアフターメニューには、
- 製品の据付・調整
- 消耗品の補充、部品の交換、修理
- 保守、点検
- モニタリング、最適化支援
- リース、保険、保証
- 顧客とのリレーション(関係づくり)
その内、メーカーにおいてプロフィットを生むアフタービジネスとなってきているものには、「消耗品の補充、部品の交換、修理」「保守、点検」「モニタリング、最適化支援」がある。
そこで、これらのアフタービジネスへのメーカーの取り組み事例(メーカー系列会社実施も含む)を調べてまとめたものが図表7である。以降、アフターによる差別力強化をはかっている特徴的なメーカーの事例を業界別に見てみる。
■図表6 アフターメニュー
■図表7 メーカーのアフタービジネスへの取り組み状況
アフター強化による差別化施策が最も進んでいるのが生産用機械の分野である。その背景として、機械の稼働状況が生産や効率に与える顧客側の影響が大きいことがあげられる。一方、メーカー側も、最終製品で利益率を上げるのは難しくなる中、アフターでは効率化による利益確保の魅力がある。また、拡大が期待される外需では、現地資本の企業との合弁企業や、現地代理店経由での販売やサポート提供という形態が多いこともあり、顧客に販売した機械の契約情報や構成情報、稼働状況、保守、契約情報を把握し、的確なサポートや部品提供、迅速な修理を提供していくことなどが競争力につながる。さらに、これらの機械の稼働状況や障害監視・位置監視を、クラウドを活用し、インターネット経由で遠隔に実施することが可能になったことも背景としてある。
代表的な日本企業の先行事例として、コマツがある。
@コマツ(建機・鉱機)
■機械にGPSを搭載してモニタリング
コマツは日本の建設機械メーカー最大手。コマツの売上の海外比率は8割と高い。他社にない機械の性能は勿論高いが、「世界各国に拡がる顧客とのつながり」も大きなポイントとなっている。その「つながり」を強固なものとした1つがGPS、センサーやインターネットなどのITを駆使したシステムである。
その開発の歴史は、もともとは、つながりを強化しようという能動的なものではなく、不具合に対応するためと、盗難防止の為という受動的なものであったという。その流れを示したものが図表8である。
■図表8 コマツにおけるIT システムの変遷
80年代までは、製品をコマツが直接販売する形態であったが、80年代の終わり頃から販売の拡大に伴い、代理店主体に移行した。コマツが直接販売している時と比べ、コマツで顧客の状況が掌握できない問題が出てきた。そこで、不具合をはじめとした情報入手・伝達の仕組みをITを活用して構築した。これが品質情報を受動的に得ていた第1世代である。
サービスの質やスピードを上げるためには、能動的に情報を得るシステムが不可欠となってきた。これを実現するためにコマツの技術を結集して出来たのが「コムトラックスKOMTRAX(KomatsuMachine Tracking System)」と呼ばれる、機械の状態をGPSを使ってモニタリングするシステムである。
建機へのGPS設置は当初オプションであったが、2001年にコマツの負担で標準装備とした。現在、GPS付きのコマツ建機は全世界に30万台を超えているという。
GPSを付ける顧客側のメリットは当初盗難防止であったが、その発見方法は稼働時間外に一定以上の速度、一定以上の距離移動を確認すると盗難された可能性があると判断し、エンジンをかけられなくする遠隔ロック機能が働くというものであった。これにより、盗難率が下がり、保険料の低下にもつながったという。
また、中国で顧客となるのは個人事業主が多く、代金が支払われないことがしばしば問題となっていた。そこでコムトラックスにより、支払いのない建機に対して遠隔操作でエンジン止めるなどの対策をとり、代金回収率向上につなげることが出来たという。これは当初予想しなかった使い方らしい。
コマツの機械の本体価格は中国製に比べて安くはないが、性能の高さに加えこのようなシステムがあり、機械の稼働率が高い。その為、転売したとしても、中古価格も高くなる。結果的に導入から維持、売却までのトータルコストでは中国製品よりも安くなり、そのことが価格競争力にもつながっている。
■顧客と情報を共有する仕組み「CSS」
ただ機械にGPSを付けただけでは当初の目的通りの盗難防止・クレーム防止にしかならなかったかもしれない。しかし、購入後も高い価値を提供できているのは、機械から得た情報を活かすCSS(CSS-NetとCSSポータル) の存在が大きい。CSS-Netは部品カタログや修理マニュアル、技術情報という個別に蓄積していた情報をデータベース化したものである。CSSポータルはコマツが提供する業務システムと連携して、CSS-Netと接続し、機械の稼働・履歴情報、品質情報にもアクセスすることができる。代理店、コマツの間で、必要な情報をシームレスに共有・検索できるシステムである。(図表9)
■図表9 CSS ポータルとCSS-Net
機械の稼働状況を、代理店・コマツが、常時モニタリングしているため部品等の交換時期も予測でき、故障発生前に適切な対応ができる。メンテナンスに必要な交換品にコマツ純正品が使われる可能性も高くなる。機械のトラブル発生時も、顧客からの連絡前に迅速対応が可能で、代理店の現場巡回の効率化につながる。また、故障情報により設計の不具合がわかり、これらはモデルチェンジ設計の際に活用されているという。
さらに、世界中でそれぞれの稼働状況を把握出来ることから、機械の仕事量から景気動向もつかめ、注文需要予測や生産計画にも活かすことが出来る。
ただ、これらはあくまでもシステムであり、メーカーであるコマツでは、競合他社が3年から5年は追いつけない先進性を持つ“ダントツ商品”を生みだすことが持続的な強い競争力を持つ上で必要だとする。また、これらのシステムを使って、顧客が困っている問題を解決する新しい製品とサービス(ダントツソリューションと呼ばれている)を提供していけるかが、重要であるとしている。強い商品とアフターは両輪である。
建機・鉱機と同じ働く車である農機でも、メーカーと顧客がつながって、より、パフォーマンスを高めていこうとする流れがある。まだ導入が始まったばかりであるが、クボタの事例を紹介する。
Aクボタ
■営農・サービス支援
「クボタスマートアグリシステム(KSAS)」
2014年6月、新たに開発しリリースした。農業の大規模化やコスト競争力強化、農作物の高付加価値化など、国内農業の成長に向けた取り組みが注目される中、大規模化を進める担い手農家には、「安心・安全でおいしい農作物」を「効率良く」生産することが求められている。そこで開発されたのがこのシステムであり、ICT(情報通信技術)を利用して、クボタが支援をしてくというものである。
■情報の蓄積・分析による高収量・美味しい米づくり
食味に影響を及ぼす「タンパク含有率」と「水分率」を測定できる食味収量センサー搭載のコンバインにより、ほ場1枚ごとに収穫情報を記録。得た情報をもとに次年度に撒く肥 料の計画を作るなど、従来の方法に比べて、適正な肥料の量によるおいしいコメの生産が可能になる。
また、作業をしながら収穫情報を把握できるので、タンパク含有率毎にコメを仕分けて出荷することなど効率化が進められる。
■作業履歴から作業効率の向上・コスト低減
日々の作業を日誌形式で記録。勘や経験に依存した農作業から、情報を活用した作業が可能になる。ほ場ごとの作業進捗を把握し、作業工程の抜け漏れを防ぐなど、効率アップやコメの品質低下や病害虫の発生リスクを低減する。
■栽培履歴管理による安心・安全な農作物づくり
作業記録情報をもとにした品種別、ほ場ごとの詳細な栽培履歴や食味情報の管理により、農業生産活動の各工程の正確な実施、記録、点検及び評価を行うことによる持続的な改善活動に反映できる。
■「診断カルテ」を活用したセルフメンテナンス
農機の稼動情報は、顧客自身でも確認でき、農機の定期点検や適切な機械状態の維持に役立てることができる。また、KSAS対応農機から自動収集された機械情報をもとに、クボタより「診断カルテ」が提供される。クボタ側でオペレータの機械の取り扱いや操作の状況を把握できるため、作業効率の改善などをサポートできる。
■図表10 クボタスマートアグリシステム(KSAS)
稼働状況を把握するだけであれば、農機に通信機器をつければ出来る。しかし、メーカーから提供するアフターバリューは、生産効率を高めるための稼働情報を活用した支援である。農場を生産工場とみて、いかに生産効率を高めていくかが重要であり、そこにはメーカーならではのノウハウが生きる。
※本提言「メーカーにおけるアフターバリュー」は、「営業力開発」誌 2014年・No221号(編集発行:日本マーケティング研究所 執筆担当:マーケティング・コミュニケーションズ)へ掲載されています。尚、誌面では以下の様な構成にて続きます。
「メーカーにおけるアフターバリュー」
Ⅰ. モノづくりの変化の潮流とアフターの位置づけ
Ⅱ. メーカーのアフターによる差別力強化
Ⅲ. 顧客のアフター価値認識
Ⅳ. 製品価値からの創・継?アフターバリュー
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