「われわれ企業活動のすべてのコストを負担してくれているのは『お客様』です。だからお客様を中心に考える必要がある。そして、企業活動の全ては、そのお客様に喜んでいただくための準備である。」
さて、「お客様」を中心に考えるとは、すなわち、生活者であり消費者である「お客様」を理解することから始めなければならないということであり、リサーチをしっかりして消費者を理解するということである。これらを他社よりうまくできるかどうかを決定するのが「マーケティング・リサーチ力」である。本稿では、この「マーケティング・リサーチ力」について考てい
くことにする。
マーケティング・リサーチ力を考察するにあたり、その構成要素を大きく4 つに分解した。一つ目はデータ収集の方法論、すなわち調査手法である。そして二つ目は、収集したデータを読み込む方法である集計・解析手法である。三つ目は、アンケート設計の際に必要となる仮説構築力のベースとなる市場感(市場を見る力)であったり、そのベースとなる消費者行動理論である。最後はアウトプット・結果を企業活動に結びつけるためのマーケティング戦略構築力である(図表1)。
本稿では、マーケティング・リサーチ力は、以上4つの柱で構成されていると考えることにし、以下それぞれについて過去から現在までどのように化してきたか、また現代的課題は何か、筆者の経験も踏まえながら考察していくことにする。
◆データ収集の方法論
マーケティング・リサーチのスタートは、その目的・課題に応じて調査設計していくことだが、そのときの基礎的な知識として必要なのが、このデータ収集の方法論、すなわち実査の手法である。様々な視点で分類・提示されているが、定性調査では、グループインタビュー、(セミ)デプスインタビューなどがある。質問紙定量調査では、訪問調査、来街者調査、郵送調査、電話調査などがあり、Web調査もここに分類される。
Web調査については、その導入当初は「調査対象者に偏りがあるので、調査として信頼性が不安である」とよく言われたが、ここ最近では、インタネット人口の増加、およびサンプル補整係数の開発などが進んできたため、他の手法と同様に効果的な調査法として一般的に利用されるようになってきた。
ところで、ここで一番留意すべきことは、調査目的・課題に応じて適切な調査手法があり、それぞれのプロジェクトごとに最適に調査設計していく必要があるということである。Web調査が効率的だからといって何でもかんでもこれで片付けてしまうと大きな間違いを犯すことにもなる。また、同じWeb調査でも、その対象者抽出方法・サンプリング方法によって、全くでたらめな調査結果が出ることもあるということには、注意が必要である。もっともこれは、Web 調査に限ったことではないが。。。
◆データ集計・解析手法
適切な方法でデータが収集できれば次ステップの課題は、それをどのように集計・解析すればよいかということになる。筆者はマーケティング・リサーチおよび統計学を30年程前に大学で学んだが、その時は社会調査とマーケティングリサーチの区別をつけることはできなかった。というのも、それは調査法の基礎を学んでいたからであると考える。その一つがサンプルの代表性についてである。ランダムサンプリングや層化多段階抽出法などであり、例えば、母集団が100万人居る場合の目標精度を10%(50%±5%)、信頼係数98%を構成するためのサンプル数を計算せよといったものである。
次に学んだのが、記述統計であり、確率分布と統計的推計であり、統計的仮説検定であった。クロス集計表をはじめて眺め、両者に関係があるのかないのかはχ2(カイ二乗)検定であるとか、平均点の差はt検定であるとか、この場合は分散分析が必要であるといったことであった。
そしてようやく多変量解析なるものを学んでいくことになるが、それも相関分析、回帰分析、因子分析、クラスター分析、判別分析と続いていく。それぞれの統計的手法を理解することで精一杯で、消費者のアンケート調査にどのように応用できるのかなど実務面への展開まではあまり学べなかったように思う。そうなった原因のもう一つに使用した教科書の扱う事例にあると考える。統計解析する事例に、マーケティング・リサーチ結果の事例どころか、社会調査結果の事例もほとんどなかったからであろう。このあたりの課題は現在、少し解消させているようであるが、もっともっと充実させていく必要があると感じている。
ところで、集計・解析手法の実用化に多大な貢献をしているのが、コンピュータの発展である。従来なら電卓で徹夜して計算していた検定などは、今なら1分もかからないでアウトプットされる。因子分析などは理論的にはわかるが、実務的には時間・費用面で全く非現実的な解析手法であると言われていたことなど、年齢40 代の方々でも想像だにできないことであろう。つまり、コンピュータの統計パッケージソフト(SPSS やSASなど)が一瞬にして結果を出してくれるすばらしい時代が到来したのだ。しかも、簡単な検定ばかりでなく、複雑な多変量解析、共分散構造分析さらにはデータマイニングなどもできるようになっている。
ただし、このことから一つ危惧していることもある。それは、その手法の使い方やアウトプットの見方が間違っていても、コンピュータは計算してくれて、もっともらしいレポートが書けることである。その間違ったやり方でのアウトプットをもとに意思決定がされていくという危惧である。我々分析者は、解析法などのツールを正しく学んで、正しく活用することを肝に銘じる必要がある。すなわち、実務的にはマーケティング・リサーチの目的・課題に対して一番効果的・効率的な集計・解析を設計し、統計などがあまり得意でないトップマネジメントにもそのアウトプットの意味を伝え、適切な意思決定がなされるような工夫が必要である。
◆ 市場感(市場を見る目)および消費者行動論などをベースとした仮説構築力
マーケティング・リサーチのスタートは、その目的・課題に応じて調査設計していくことだと前に書いたが、実はその目的・課題を明確にすることがステップゼロにある。これが一番のキーになるともいえる。というのもスタートが間違っていれば全てが別の方向に行くからである。では、仮説構築して、適切な調査目的・課題を設定するためにはどのようにしていけばよいのか。
まず、市場を見る目を養うことである。そのためには、市場をどのような視点でとらえていけばよいのかというフレームワークを頭に叩き込む必要があると考える。そのフレームとは、以前からご提案させていただいているフレームである(図表2)。
それは政治・社会動向および企業活動の影響を受けたブームなどマクロの視点と、そのマクロの視点を踏まえて消費者がどのような行動を起こして、自分たちの「幸せ観」を実現させようとしていくのかといったミクロの視点が必要である(図表3)。
ミクロの視点でみていくためのツールのひとつが、消費者行動論で培われてきたモデルである。例えば、刺激反応S-Rモデル、Howard-Shethモデル、認知的不協和の理論、期待-満足(不)一致モデル、多属性態度モデル、確率的選択行動モデル、消費者情報処理パラダイムなどがそれであり、最近ではネットワーク論なども注目されてきている。モデルの詳細説明は割愛するが、これらモデルは、消費者の現在の行動の記述、そして今後の行動を予測していくためのツールとして一助となるはずである。ちなみに、今回の提言論文では、弊社で独自開発したライフスタイル軸尺度モデルを使用して分類した消費者像を紹介している。
市場を見る視点・フレームワークを内面化することができたら次に、そこから市場をどのように理解し、何を提供すれば市場が反応してくれるか、あるいは新たな市場が創造できるかをクリエイトする力が必要になってくる。すなわち、消費者が今、何を感じていて、どのような「幸せ観」をもっていて、それを実現するために何を求めているのかといった、シナリオ仮説を描く力のことである。
このとき、一方で自社のシーズを十分理解して、それを製品化・商品化に仕立て上げていく力を養っておく必要がある。その力をもって市場から感じたニーズを見たとき、はじめて有用な自社シーズとのドッキングが可能になり、市場が創造できるようなイノベイティブな商品開発が可能となると考える。それが仮説構築力であり、その概念イメージは図表4 である。マーケティングに従事している人材は文科系が多い
こともあり、R&D からの発想とうまくドッキングするということが不得意のように感じている。弊社では、R&D部隊とマーケティングを行っている事例もあるので、問い合わせいただければと存じます。
わかりやすくいうと、以上のようなことが影響して同じデータを見ていても、あるいは銀座や梅田で同じように消費者の姿を見ていてもその見方・解釈も違うし、さらに自社シーズの背景によって考え出されるシナリオ仮説が違うはずであり、それが企業競争力に反映しているということになる。
◆マーケティング戦略の構築
市場をセグメンテーションしてその中からターゲットを決め、他社と比較して独自のポジショニングを実現する。これらを考えていく基礎となるのが戦略論であったり、過去の事例・ケースであったりする。戦略論については、「ドメイン戦略」「資源ベース戦略」「競争優位戦略」「ブルーオーシャン戦略」などがあり、また、マーケティング機能別戦略である「商品・市場戦略」「価格戦略」「流通戦略」「コミュニケーション戦略」があり戦略論の蓄積もあふれんばかり多くある。そんな中、日本発の戦略論もあり、筆者自身はこちらの方に共感する部分が多い。
実務的には、綿密にマーケティング・リサーチを実施して、マーケティング戦略を策定しても中々100%当初考えていたようにいかないのが世の中であり、またそこが面白いところである。どうするか? 「戦略」に欠点があるのか、戦略を実現できない「戦術」に欠点があるのか、戦術の「実行力」に欠点があるのかを見極め、修正していくことである。この修正の「スピード」と「実行力」が最終的に競争力を決めていくようにも感じる。
企業の競争力の源泉として「マーケティング・リサーチ力」に焦点を当てて考察してきたが、
今一度ベーシックに戻って、自社のマーケティング・システムを見直していただきたい。人口減少、高齢社会、格差社会、不安社会は、当然のことであり、さらに、経済、金融、貿易などの面で、世の中が瞬間瞬間に激変する。それにともない消費者の行動も激変する。企業は今後その変化にスピーディに対応できるかどうかの力が問われてくる。
御社はこれら変化に耐えることができる「マ
ーケティング・システム」ですか?
ところで、冒頭の言葉は日本の実務マーケティングの発展に多大な貢献をされ、また、鞄本マーケティング研究所(JMRグループ)の生みの親である、故水口健次氏の言葉である。鞄本マーケティング研究所は本年で50周年を迎えることができたが、その同じ年に逝去されたのは一つの時代の節目を感じざるを得ない。今までお世話になった感謝の意を表すとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。
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