男性下着の常識を打ち破る商品として2008年3月に登場した「クロスウォーカー」。
独自の機能による運動効果で、メタボリック症候群の予防に効果が期待できることから
2008年10月までに50万枚のヒット商品となった。当初年間20万枚だった販売目標を80万
枚に引き上げている。
「クロスウォーカー」は、ワコールの人間科学研究所の「スタイルサイエンス」の研
究開発から生まれた。研究所は、ワコール創業者である塚本幸一の「顧客を知らなければ、
ニーズは探れない」という考えによって1964年に設立されている。
■人体計測データ
人間科学研究所に止まらずワコールの競争優位の源泉が人体計測をはじめとする人体に
関する情報といっても過言ではない。現在この人体計測データは毎年約1000人ずつ計測しており、
累計で約3万5千人にも上る。
なぜ、このような人体計測が必要なのであろうか。ファンデーションは一般の洋服と違い、
身体に密着し、身体を変形させる機能を受け持っている。そのためには他の衣服では考えられないほど、
様々な体型の人にジャストフィットさせるためのサイズが用意されなければならない。
いかに時代や加齢による女性の体形変化を把握し続けるかが不可欠となる。しかし、
このことは単に商品上の特性という側面以上に、競争条件としても重要となる。それは“参入障壁”
という側面も見逃してはならない。
■科学と技術をつなぐ
ワコールが多様な体形にジャストフィットする商品を開発するための源泉が人体計測データに
あることは明らかであるが、このデータがあるからといって需要創造型商品を開発することにはならない。
人間科学研究所にはユニークな考え方がある。それは「科学」と「技術」は違うという考え方だ。科学の
目的は新しい知識を得ること、技術の目的はこの科学で得た新しい知識をなんらかのカタチで人間に役立てようとすることだという。
まさに人体に関する様々なデータは知識に過ぎない。これを科学、モノにしたカタチまでつく
り上げていかなければ、その知識は宝の持ち腐れとなる。人間科学研究所は科学だけでなく、技術の領
域まで踏み込んでいる。このことがワコールのヒット商品を生み出す大きな要因となっているように思われる。
■購買行動と下着売場の革命
「クロスウォーカー」はメタボ需要対応への成功事例という以上にその意味は大きい。
それは男性下着市場の特殊性だ。平均価格は700、800円、しかも主婦の代理購買が主流
、購買動機も古くなったというような消極的動機である。一方「クロスウォーカー」
の価格は3150円〜5250円。主婦の代理購買ではこの価格を超えることはできない。
このような男性下着の市場で「クロスウォーカー」がヒット商品となった要因は、
自ら購買という男性の購買行動を変えたこと、さらには実際には若い人も購入していることから、
メタボを超えてもっと広い健康意識や最近の男性のオシャレ意識を喚起したことが大きいのではないか。
その結果下着売場全体が活性化しているという。特に百貨店などの男性下着売場はスペースが拡大し、
女性、男性それぞれの下着売場にペアの商品を販売する男女共同売場企画など、従来では考えられなかっ
た画期的な売場も実現している。
このように「クロスウォーカー」は単なるヒット商品を超えて、購買行動を大きく変えた、
エポックメイキングな商品といえるのではないか。