いま、炊飯器の市場が面白い。ジャー炊飯器は1972年に登場し、88年のIH式の導入によって
市場は大きく拡大した。しかし以来、大きな技術革新はなく価格競争に陥り、平均購買単価は
約2万円にとどまっていた。国内出荷台数も、ここ10年は630万台前後で推移している。
この市場成熟下の商品戦略として、各社は高価格帯のプレミアムカテゴリー開発にしのぎを
削っているが、この中で独自路線を歩むのがタイガー魔法瓶だ。
■ブレない開発思想
タイガーはなぜ土鍋という独自の開発を追求できたのだろうか。様々な要因があるが、
“ブレない”開発思想にその本質的な要因を求めることができると思われる。
それは他社がすべて付加機能の“圧力”や“スチーム”を採用した時にタイガー魔法瓶1社だけは
この市場トレンドに乗らなかったことを見ても明らかである。他社の動き、特に市場のトレンドに対
しては他社の芝生が青く見えて、横並び的に動きたくなる。
タイガー魔法瓶は“おいしさの追求”という1点に“ブレない”開発思想があったことが、その後の独自
のプレミアムカテゴリーの商品「炊きたて」の開発に結びつくことになる。
■“おもてなし”の心?
タイガー魔法瓶のプレミアムカテゴリー開発で注目すべきは“おもてなし”という考え方だ。
プレミアムであるからには従来商品と比較して高級感が不可欠となる。しかし、単なる高
級感では“おいしさを表現”することにはならない。
そこで料亭の“おもてなし”に触発されて、炊飯ジャーにとって、“のれんをくぐる瞬間”を
「おひつセット」や不織布の商品カバーに具現化した。
“おいしさ”は、まさに炊飯器で炊いたご飯の味だけではなく、それにいたるプロセスや
周辺の環境を含めたトータルが“おいしさ”といえる。
購入前には店頭を含めて多大なマーケティング投資が行われるが、購入後のパッケージ
を開ける瞬間とそれが使われるシーンまでも含めたパッケージングは新たな視点を提示してくれる。
■インナープロモーション
プロモーションとして「炊きたて」発売にあたって本社勤務社員全員を集めた決起集会を開催している。
商品開発や広告・SPに携わる人間はどの企業でも会社全体の一部にしかすぎない。直接開発に関与
者が考える程、他の部門とは温度差がかなりあるのではないか。
マーケティングはどうしても社内より社外の関与者を重視しがちであるが、社外以上に社内へのコミュ
ニケーションの重要性を再考したい。
■“モノづくり”から“モノ語り”へ
今回の開発を通じた感想の中で提示されたのが「“モノづくり”から“モノ語り”へ」は大変興味深いキーワードだ。
モノ自身が何かを語るような“モノ語り”が、これからのヒット商品には不可欠ではないかという提案である。
土鍋はまさしくそれ自体が何かを語りかけているが、「おひつセット」や「不織布の商品カバー」も含めたトータルが
まさしく商品であり、それらがお互いにあいまって“おいしさを語っている”。
もはや独りよがりなモノづくりでは消費者の共感を呼び起こすことはできない。“モノづくり”から“モノ語り”は、
開発に止まらずマーケティング全体のキーワードといえるのではないか。