セイコー腕時計の新ブランド「ガランテ(GALANTE)」は、高級腕時計市場に切り込む「グランドセイコー」「クレドール」に続く、第三の戦略商品である。
「ガランテ」には二つの大きな戦略課題が立ち塞がっていた。一つは舶来ブランドひしめく高級腕時計市場の開拓であり、二つめは、セイコーの既存高級ブランドとの差別化であった。
つまり高級市場には、すでにフラッグショップブランドが存在し、その上で新たな顧客層の開拓という使命があった。外と内の両側の差別化という困難なハードルを同時に越えなければならなかった。
◎狭く、深く、鋭く
高級市場の開発には「だれからも愛されたいわけじゃない」という矜持が必要だ。「狭く、深く、鋭く」がどこまでできるかが問われる。
商品づくりでは特に重要だ。このことを見事に表現したキーワードが「Over Quality & Too Much」だ。「そこまでやるの」というところまで追求しなければ「高級という価値」は生まれようもない。
◎100×0=0
「狭く、深く、鋭く」はモノづくりにとどまるものではない。マーケティング全体のあらゆる領域でこのことが追求されなければならない。なにか一つでも妥協してしまえば、100×0=0になってしまう。
「セクシーリッチ」というコンセプト、全国の高級腕時計店に限定したチャネル政策、特定男性ファッション誌に絞った広告、芸能人や文化人などのキーマンに対するパーティ形式のユニークなイベント、専用アフターサービス体制に至るまで、コンセプトは一貫されている。
一つでも妥協したり、外野の声を甘受したときに、価値観や世界観がいとも簡単に崩れてしまう。この「コンセプト・ガードナー」という役割こそ実務リーダーの一番の役割であろう。
◎色気のある商品
「ガランテ」のコンセプトの基底に「オンナにもてそうか」という女性目線がある。女性にもてる男の時計というコンセプトは新鮮だ。日本のモノづくりは、機能面では世界一であろう。しかし、感性やエモーショナルな部分は遅れているといわれている。
「ガランテ」は、この「オンナにもてそうか」という視点が感性やエモーショナルな部分で突き抜けることを可能にしたのではないか。
しかし、忘れてはならないのは、それを裏打ちするセイコーの技術だ。「GTM機能」付き「SPRING DRIVE」という独自エンジンと脱量産量販ビジネスモデルである。
◎「出過ぎた杭は誰にも打てない」
「ガランテ」は、ある意味で「グランドセイコー」「クレドール」へのアンチテーゼであった。それ以上に“アンチSEIKO”“脱SEIKO”であったといったら言い過ぎであろうか。
新しい革新を阻むのは、市場−外部よりも内部−社内の方が大きいと言われる。「ガランテ」という尖った商品がなぜ市場導入までたどり着けたのであろうか。当然スタッフ達を守る“防波堤”が存在しただろうが、それでも大きな波は防げない。
「ガランテ」が社内と社外の大きな壁を乗り越えることができたのは、以下の言葉がそれを的確に説明している。「出た杭は打たれる。出過ぎた杭は誰にも打てない」(コンピュータ研究者 石井裕氏発言)。